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 城を出るまでの間、多様な魔物とすれ違った。
 魔王城に住まっている上位魔族でそれなりの魔力も感じられるが、和磨の存在はすでに周知されているようで身の危険を感じることもない。

 まぁ、魔王をして誰よりも強いと言わしめた戦天使に喧嘩を吹っ掛けるような命知らずはなかなかいないだろうが。

 外へ出て、和磨は早速翼を広げた。
 髪の色に釣り合った漆黒の翼は、和磨のお気に入りだ。
 天上世界への反発心と、恋人が気に入ってくれている事実が、この漆黒の翼に対する好感に繋がっている。
 それがなくとも、元々黒という色は白よりも好きなのだが。

 リュシフェルの記憶まで辿っても、あまり城をでて地底世界を散策した記憶のない和磨は、土地勘のない広大な世界を歩いて移動するよりは、空を飛んでしまった方が発見することは多い。

 空から見下ろした地底世界は、リュシフェルの記憶ですでに見知ってはいたものの、実に広大な荒地と魔王城の周りを覆う深い森で構成されていた。
 森から荒地へ大きな川が幾筋か流れていて、その周辺はまだ緑があるように見える。
 しかし、それ以外の荒地はほとんどが赤茶けた大地がむき出しの状態で、ぽつんぽつんと枯れかけた木が立っているだけのようだ。

 この広い荒地がすべて森で埋められたら、この土っぽい空気もきれいになるのだろうか。

 砂漠に植林活動をする元いた世界の光景が頭に浮かんで、そんな慈善活動に懸命になる性格ではなかっただけに苦笑を隠せない。

 あの頃は、自分のことで精一杯だった。
 モデルという仕事に対して自分は本当にこの道を進んでいて良いのだろうかと悩み、学校でクラスの仲間はずれになってしまう自分を自己嫌悪しつつも改善しようともせず、ただ毎日を手探りしながら生きていた。

 その分、遠くにある悲惨な現実を改善しようなどという心の余裕は、和磨にはなかったわけだ。
 異国の砂漠で行われる植林活動に少しでも助けになればと募金活動などのボランティアに精を出す高校生を見て、暇なんだなぁ、と捻くれた感想しか持たなかった。
 それこそ、モデルという知名度を生かして呼びかければ意外と貢献度の高い活動もできたのかもしれないけれど。

 人間変われば変わるものだ、と一人でくすくす笑って、赤紫色の広い空を自由に飛んでいく。
 どんなに高くまで飛び上がってもこの世界の果てなど見えないが、その代わり空気が薄くなっていくのはわかる。そして、そのうち天井にぶち当たることも知っていた。

 そもそもこの世界の空が赤紫色なのは、天井がそんな色に塗られているからに他ならない。
 この天井を青く塗ったら暗いながらも青い空が見られるのに、とても残念だ。
 だからといって、こんなに広い空を青く塗りなおす根性は和磨にはないが。

 しばらく空の高いところから地上を見下ろしていて、和磨はふと首を傾げた。
 どうやら食い合いの現場を見つけてしまったようなのだが、どうにも不自然だ。
 何しろ、一方に抵抗している様子がない。

 一体何事かと不審に思った和磨は、そこに降りてみることにした。

 そこにいたのは一頭のグリフォンと周りを囲むように飛び交う体長三十センチほどのトンボのような昆虫の群れだった。
 グリフォンを捕食対象として狙っているらしく攻撃を仕掛ける昆虫の群れに対し、グリフォンはその大きな翼で追い払うのみで反撃をしていない。
 食い合いというにはあまりに一方的だ。

 割り込むように突然空から現れた黒い天使の姿に、一瞬殺気だったトンボの群れはあまりに強い聖力に恐れをなしてあっという間に逃げていった。

 一方のグリフォンは、母と認識している和磨の姿を見間違えるはずもなく、敬愛する感情を表すように深く頭を垂れた。

『母上様』

「だから、母じゃないって」

 こんなでっかい猛獣を産み落とした覚えはこれっぽっちもない。
 苦笑して否定すれば、グリフォンも母がその呼ばれ方を嫌がっているのはわかっていたようで苦笑を返した。
 獣の顔に浮かんだかすかな笑みを、和磨は上手に見分けてクシャクシャとその立派なたてがみを撫でる。

「抵抗するとか反撃するとかする気はなかったの?」

『先ほどのお話ですね。
 確かに自らトンボに命を差し出すつもりはありませんが、あれだけの群れを皆殺しにするほど腹は減っていません。
 昨日食事をしたばかりで腹は満たされています。無用な殺生をする気もないのです』

 ちいさな人の手に撫でられることを甘んじて受け入れて気持ち良さそうに目を細め、グリフォンはそんな風に弁解した。
 喰らうためでなくとも自らの命を守るために相手を殺めるのは命あるものの権利だと思うのだが。
 和磨の天使元来の慈悲を受け継いだ大人しい気性をここぞとばかりに発揮する。
 確かに、和磨の子供といって間違いない。

『母上様。もし今お暇でしたら是非母上様に見ていただきたい場所があるのです』

 がらりと話を強引に変えてそんな風に誘うグリフォンに、母という呼び名はどうやら直してくれないらしいとがっくりしつつ、どこ?と問い返した。
 優しく笑んだ表情を見せるグリフォンは、和磨の子というよりももっと年長者のような余裕を垣間見せている。
 それはしかし、獣の王である獅子の体を持つグリフォンの王者の風格を思わせて頼りがいある風情だ。

 場所を今告げるつもりはないようで、身体の大きさに比例して和磨のそれよりも幾分大きな翼を広げ、空に浮き上がる。

『ついてきてください』

「だから、どこに?」

『魔王様の城です』

 そこから来たばかりだが、どうにも秘密めいた誘いに断ることもできず、和磨もまた再び翼を広げて地を蹴った。





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