地底の天使 1
せっかく部屋を用意してくれたのだから一度くらいはそこで寝てみたい、と駄々を捏ねた結果、この地底世界で初めての一人寝に成功したのは天上世界から戻ってきて三日目のことだった。
わがままを言った自覚はあるし、恋人が拗ねてしまっているのも承知している。
だが、だからといってせっかくの機会を棒に振るのももったいない。
六枚もある翼や戦天使であるが故の戦闘能力が、和磨の好奇心と冒険心を後押ししていた。
目が覚めて真っ先に探したルーファウスの姿は執務室となっているあの大広間にあって、大方の仕事は片付けたはずにも関わらず、暇そうにしているところを目敏く見つけたベルゼブブに仕事を押し付けられたようだ。
ベルゼブブの表情が人の悪い楽しそうな笑みなので、幸せ絶頂のはずが肩透かしを食らって拗ねている上司をからかっているのがよくわかる。
居場所だけでなく相手の表情までわかるのは、最上位天使の能力ならではだ。
千里眼に耳もくっつけて飛ばせば、あたかもその場に居合わせているような感覚で情報を仕入れることができる。
衣裳部屋に近い広い広いウォークインクロゼットからお出かけ仕様の身軽な服を選び、髪は梳かすだけであえて結わずに背に垂らした。
その格好で部屋を出て、和磨は真っ直ぐに調理場へ向かう。
生気をエネルギーに変換する魔の生き物や光合成で生きている聖の生き物とは違い、人間の身体で暮らすことを選んだ和磨はお腹がすくのだ。
厨房にはいつものようにアモンがいて、丁度フライパンをあおって目玉焼きをひっくり返したところだった。
そこに現れた和磨に少し驚いている。
「おはよう、カズマ。今日は早起きだね」
「おはよう、アモン」
挨拶をしながら厨房に入ってきて手近な椅子に座った和磨に、フルーツジュースを手渡しながらアモンは実に不思議そうに首を傾げた。
「魔王陛下は一緒じゃないんだね。珍しい」
「執務室で仕事してるよ。なんか、拗ねちゃってて」
「え? 喧嘩?」
確かに聖と魔は反発する属性だが、まだ蜜月期間三日目だ。
世界をかけて手に入れた大恋愛にしては早すぎるだろう、とは誰でも思うに違いない。
内心をなんとなく察して、和磨はくすくすと楽しそうに笑って否定するように首を振ったが。
「別々に寝ただけだよ。昨夜だって、こっちの腰が痛くなるくらい……」
「……朝からそういう濃い話はやめなさいって。
まぁ、仲が良いのは良いことだけどね。
朝御飯はそれじゃカズマの分だけで良いんだね?」
「うん。連絡遅くなっちゃってごめんね。二人分作っちゃってたでしょ」
「いや、別に口はいくらでもあるから気にしないで」
「いくらでもと言わず、私にください、アモン」
突然第三者の声がして振り返れば、魔王をからかって遊んでいたはずのベルゼブブがそこにいた。
隣にはすっかり傷の治ったカイムもいて、楽しそうに笑っている。
用意している朝食の人数分メンバーが揃ったところで、隣の食堂で待っているようにとアモンに指示を受け、三人は大人しくそれに従った。
他のことはともかく食事に関してはアモンの命令は絶対だ。
美味しい手料理を作ってくれる人の指示には従っておくのが筋というものだろう。
普段とは違ったメンバーで楽しい朝ごはんに舌鼓を打った後、和磨はいつもの大広間へ向かった。
食事をしている間に仕事は終わったらしく、魔王はすでに場所を移動していてそこにいない。
玉座の背面に立てかけてある絵描き用のボードを手に、正面から堂々と城を出た。
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