13
「もう放って置いてください」
天上世界で暮らすことなど、和磨には考えられない。
あんな白ばかりのつまらない世界、願い下げだ。
『そうはいかぬ。
そなたは我ら天上に生きるすべての天使たちの愛し子。そなたには最上位としてその愛に応える義務があろう』
「私の愛は魔王ルーファウスお一人だけのものです。博愛なんて、私には荷が重い」
『執着など天使には許されぬ愚考と知るが良い』
「貴方の価値観は貴方自身で持てば良い。私にまで押し付けないでください」
いつまでの平行線をたどる会話。
もう聞きたくないと耳を塞ぎ、和磨はルーファウスに甘えてしがみついた。
リュシフェルの殻は窮屈で、いつまでも被っていられない。
「俺はここから離れないよ。あんたには諦める以外に選択肢はないんだ。
さっさと帰れっ」
天使リュシフェルに倣った丁寧な口調を放棄して、和磨らしい言葉を投げつける。
ルーファウスはその和磨の態度にこそ満足したようにニヤリと笑った。
腕の中にすがり付いてくる愛しい黒鳥を大切に抱きしめる。
「いい加減諦めて帰れ、ヤーウェイハン。ご自慢の投影装置を壊されたくなかったらな」
耳慣れない名を聞いて、和磨はきょとんと目を丸くしてルーファウスを見上げた。
何やら意味ありげに笑みを浮かべているルーファウスは、和磨にチラリと視線をやったのみで映像の青年を見据えている。
それはつまり、聖王の真の名であるようだった。
が、それをルーファウスが知っているということは、創造主同士相反する者として知り合った関係だというわけだ。
敵対していることはわかっていても何だか嫉妬してしまって、こんな状況だというのに和磨はむっとむくれた。
とはいえ、ルーファウスの胸に顔を隠しているため他の二人に悟られるはずもなく、和磨の頭上で陰険なやり取りはなおも続いている。
『無智なりし魔王よ。天使を捕らえて悦に入ったか』
「確かに最初は捉えた存在だが、カズマは自ら望んでここにいる。
空の創造主といえど最上位の心までは操れまいよ。諦めてさっさと帰りな」
『天使が父なる創造主の意に逆らうことなど許されぬ』
あくまでも天上世界の理を曲げないその信念は立派だといえる。
しかしここは地底世界。
天上世界とは違った理が根底に根付いた自由と混沌の世界だ。
聖王の主張と魔王の反論に交わるところなどない。
聖王の相手をルーファウスに委ねて二者のやり取りを聞いていて、和磨はこの無駄なやり取りにイライラしてきた。
話が平行線ということだけでも無駄なことこの上ない上に、同じ台詞の繰り返しなのだから腹が立つのも道理だろう。
『そもそもリュシフェル。そなた神聖なる純白の六翼を黒に染めるとは何たること。恥を知るが良い』
これにはカチンときた。
元々天使の翼は聖力を集積して具現化したもので、黒に染まってもなおそこに六枚生え揃っているのだから、和磨のリュシフェルとしての聖力は何ら劣っていないことを示している。
色など何の問題でもないと証明しているようなものだ。
聖王の発言に頭にきたのは和磨だけではなかったらしい。
「……カズマ」
努めて冷静さを保とうとした低い声で呼びかけられて、カズマはルーファウスを見上げた。
目を怒らせて聖王を見据えるルーファウスがそこにいて、呼ばれた意味を悟る。
呼ばれたのではなく、許可を求められたのだろう。
カズマの返事はもちろん決まっていて。
こくりと頷いた。
その途端、頭を胸に抱きしめられた。
「帰りやがれ、このXXXX野郎っ! 二度と来るなっ!!」
ドカン。
叫ぶような言葉と共にテラス上空で凄まじい爆発音が響いた。
城壁には何の被害もなく、空中が半径一メートルの球体に一瞬焼け焦げた。
聖王の映像が、激しいノイズが入った後にプツリと消去される。
その後、カランと軽い音を立てて、ミツバチほどの小さな機械が焼け焦げてテラスに落ちてきた。
上空の光の筋も根元からぶち切られるように空中分解して消え去った。
どうやらルーファウスに追い出されたらしい。
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