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 ルーファウスに手を引かれて和磨は魔王城の長い廊下を早足で歩いた。
 歩幅が違うのだから気遣って欲しいと思うものの、今のルーファウスはそんなことを言い出せる雰囲気ではない。

 ドスドスドス。

 パタパタパタパタ。

 それが二人の足音だ。

 連れ込まれたのは、ルーファウスの私室がある階の一室だった。
 もう少し向こうにルーファウスの部屋の入り口が見えるが、目的地はこちらだったようでルーファウスの行動に躊躇いはない。

 そこは、魔王の私室とは左右反対に造られた、少し小さめな部屋だった。
 とはいえ、リビングと寝室を有し化粧室も完備した、居住空間としては十分な広さを持っている。

「カズマのために用意した部屋だ」

 そう説明されて、和磨は驚いてルーファウスを見返した。
 アウルアンティウスにも部屋を用意しなかったのに、どういう風の吹き回しなのか。

「気に入らないところがあるなら遠慮なく言うと良い。ずっとここに住むのだ。住み心地が良い方が良いだろう?」

「……俺のために用意してくれたの?」

「カズマは人間だからな。一人になれる場所が欲しいだろうと思ったのだが、余計な世話だったか?」

 まさか、と和磨は首を振った。
 華美に過ぎず細かい意匠には凝られた落ち着いた雰囲気の部屋で、和磨の好みを上手く捉えられている。
 まさに、和磨のため、がその言葉通りだとわかる部屋だ。

「……ありがとう」

「気に入ったか?」

「本当にここが終の棲家なんだって実感中。ありがとう、ルーファウス。嬉しいよ」

「ならば良かった」

 にこりと笑って礼を言えば、ルーファウスはようやく機嫌を直した。
 こちらからは温泉にも降りられるのだと自慢げに部屋を案内してくれる。
 さらに、直接繋がったルーファウスの部屋へ通じる入り口も。

 見慣れた寝室にたどり着いてベッドに座らされて、ようやく改めて落ち着いて顔を合わせる。
 その部屋はすでに和磨にとってはこの世界で心を安らげられる場所で、だからこそようやくホッとした。

 ホッとしたら、攫われていた間の苦しい思いが次々と湧き上がって来た。
 ほろりと涙が零れ落ちる。

「やっと、帰って来られた」

「あぁ」

「待たせてごめんね」

「待つのも結構楽しかったさ」

「……もっと待たせれば良かったかな」

「バカを言うな。限界だ」

 本当に限界を示すように、その身体をぎゅっと抱きしめる。
 少し痛いくらいの抱擁に、和磨もまたすがり付いた。
 厚い胸板に頬を寄せ、目を閉じる。
 長く手入れを疎かにしていても艶を失わなかった黒髪に手を絡められたのを感じ、窺うようにしてルーファウスを見上げたが。

「結局、銀の髪も純白の翼もなくなっちゃったよ。
 気に入ってくれてたのに、ごめんね」

「謝るな。この黒髪も漆黒色の翼もカズマに良く似合っている。
 俺はお前の外見に惚れたわけではないぞ。
 お前がお前であればそれで良い。前にもそう言ったろう?」

 宥める口調で答えて、その言葉を証明するように黒い六枚羽に口付けた。
 濡れたようにしっとりした風切羽根も根元を守るように覆う羽毛も、色は黒く染まっても純白だった頃と同じ極上の手触りだ。
 本当に色が変わっただけなのだと実感できる。

 ならば、その変わった色合いを楽しむまでだ。
 彼本来の優しさと優しいだけではない厳しさ、力強さ。
 どれを取ってみても彼自身何も変わっていないのだから。

「おかえり、アウル。……いや、カズマ」

「……ただいま、ルーファウス」

 抱きしめられて口付けられて落ち着いた。
 この場所が帰って来るべき場所なのだと、そこを守る主人に認められたのだ。
 嬉しくないはずはない。

 そのまま、ゆっくり唇を寄せる。
 示し合わせたはずもなく、自然な流れだった。

 けれど、その唇同士が重なることはまだ許されないらしい。
 ピクリと漆黒の翼を揺らし、和磨は突然何かを警戒するようにその肢体を緊張に強張らせた。
 厳しい視線を戸外の上空へ向ける。
 ルーファウスも忌々しげに舌を鳴らした。

「まったく、無粋な」

「いい加減、諦めるってことを覚えて欲しいよね」

 見られているのに気付いていながら行為を続けられるほど、和磨は厚顔でも無恥でもない自分を理解している。
 よって、不本意ながらも魔王の腕からすり抜けて立ち上がり、テラスへ出る窓を開け放った。





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