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 ようやく追いついてきたミカエルが、喘ぐようにその名を口にした。
 
「……魔……王……」

「……る……う?」

 大きな手に絡め取られた銀糸の髪をさらりと鳴らして、リュシフェルは自分を抱くその人の顔を見上げた。
 無表情だった彼の顔に赤みが差し、不思議そうに瞬きを繰り返す。
 まず、自分が何故こんな場所でルーファウスに抱かれているのかわかっていないのだ。

「……ルー」

「あぁ。おかえり、アウル」

 その場の空気などまったく無視した穏やかな声に迎えられて、リュシフェルは自分からルーファウスに手を伸ばした。

 そうして、自分が何かを握っていることに気付いたのだろう。
 自分の手元を見下ろして、そのさらに先に目を移し、唖然とした。

「カイムっ!?」

「……あぁ、良かった。気付いたな……っ!」

 腹に深々と刺さった聖剣は、属性が真逆であるが故に触れているだけでも相当な痛手になる。
 リュシフェルの認識がこちらに戻ってきたことでホッとした途端、緊張が緩んでさらに追い討ちを受けた。

 事態はあまりに深刻で、パニックしてしまったリュシフェルがおろおろとしているのに苦笑して、ルーファウスは剣を握ったままのその手に自分の手を重ねた。

「まずはこの手を放せ、アウル」

 促されて従って、とりあえず一仕事に息をついた後、彼はルーファウスの顔を少しむくれた顔をして見上げた。

「アウルじゃないよ」

 ついでに頭もバサバサと振る。
 まるで塗りたくられた絵の具を振り落とすように、髪に纏った銀の色を弾き飛ばし、漆黒の髪を取り戻す。
 ぬばたまの黒髪に鳶色の光彩を纏った闇色の瞳、黄味がかった肌の色。
 純白の翼以外は二ヶ月前の配色を取り戻す。

「……カズマ」

「アウルアンティウスは、二十年も前に天上世界で命を落とした。
 ここにいるのは、彼の記憶を受け継いだ十七歳の異邦人だよ」

 リュシフェルはしたことのないきつい目ではっきり宣言して、和磨はルーファウスの腕の中から抜け出すとカイムの脇に身をかがめた。
 自分が刺した剣の柄を再び握り、カイムの顔を覗き込む。

「すぐに治すから。ごめんね、聖力だから痛むけど、もう少しだけ我慢して」

 もうすでに自力では飛べずにアモンに支えられているカイムが頷き返すのを待って、和磨は真剣な眼差しを傷口に向けて剣を引き抜き始めた。
 苦しそうに表情をゆがめて恋人に縋りつくカイムをアモンがしっかり抱きしめる。

 剣を抜きながら、傷口の時間を巻き戻していく。
 聖力使いの治癒能力と同じだ。
 他人の身体に働きかけるのは外に向かう力が必要になるが、その手に触れるものの時間を進めるか巻き戻すかして相手の症状を回復させるのが内向する力である聖力の仕事。

 作業を待つ間に、ルーファウスは周囲を見渡しその手を振った。
 目に見える範囲にちらばる天使と魔物を一日前にあった場所にそれぞれ放り出す。
 つまり、天使は天上世界へ、魔物はそれぞれの棲み処へ。

 残されたのは、こちら側の三人とミカエルのみだった。





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