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ぼんやりと覚醒したとき、和磨は自分が羽毛布団のような柔らかい布の上にうつ伏せで眠っていたことに気がついた。
寝乱れて顔にかかった邪魔な髪を寝起きでまだ動かしにくい手で掻き上げ、触り心地の良い布団に思わず懐いてしまう。
気持ち良くて起きたくない。季節はとっくに秋本番だが、春眠暁を覚えずとはきっとこのことだ。
しかし、時間を追うごとに脳は徐々に正常な思考を取り戻していき、ふと疑問を覚えた。
そもそも和磨が使っている布団は羽毛ではなく羊毛で、手触りもこんなに柔らかくない。
それに、暑さに布団を肌蹴て寝ることはあっても、整えられた布団の上に移動するほど和磨は器用ではないし、昨晩は普通に布団に潜って眠ったはずだ。
何故布団の上にうつ伏せで眠っていたのだろう。
しかも、そもそもここは一体どこだ?
一度疑問に思ってしまえば気になって仕方なく、和磨はようやくその場に起き上がった。
「お。ようやく起きたな、侵入者」
耳慣れない声に引っ張られるようにそちらに視線をやると、およそ人間とは思えない容姿の人間がベッド脇に立っていた。
上に長く尖った耳、深紅の髪に燃えるように真っ赤な瞳、二メートルはありそうな長身で、ダビデ像を思い浮かべさせる逞しい肉体美が着物のような服の上からでも見て取れる。
ゆったりした感じのその服は、ここが巨大なベッドが鎮座する寝室であることから想像するに、浴衣のようなものなのだろう。
柔らかそうな帯で脇腹にリボン結びをしているせいで、バスローブかガウンのようにも見える。
言葉自体が持つ警戒の色味とは裏腹に完全に面白がっている声色だが、侵入者と咎められれば自分がどうやってここに侵入したのかはさっぱりわからないが事実は事実なので反論の余地はなく、和磨は慌ててベッドから降りようとした。
それは残念ながら腕を掴んだ赤毛の男に阻まれて成功しなかったのだが。
「まぁ、そう逃げるな。
どこから入ってきたのか知らないが、お前、異邦人だろう?
どうせどこにも行けないんだ、ここにいたら良い。
俺の餌になるのなら、好きなだけいて良いぞ」
随分と謎だらけの言葉だが、和磨が引っかかったのはその最後の台詞だ。
「……餌?」
「ご期待に沿えなくて悪いが、人肉を好んで喰う趣味はない。
それに、肉を喰ってしまえばそれで終わりだ。
せっかく美味そうな生気を出しそうな相手を使い捨てにするのはもったいないからな。
お前も快楽を得られるんだ、悪い話ではなかろう?」
いろいろと無駄なからかいを交えながらの説明をしつつ、返事を待つ隙もなく和磨をベッドに押し倒し、自分も和磨に馬乗りになるように身を乗り出す。
そして、ニヤリと人の悪い笑みを見せた。
「まぁ、魔王に逆らっても無駄だがな」
「え、ま、魔王って……?」
「地底世界の支配者である魔王、名をルーファウスという。以後お見知りおきを、お姫様」
今にも和磨の肌理細かな白い肌に喰らい付きそうな距離でいともあっさりと驚くべき正体を明かす魔王に、和磨は自らの貞操の危機も忘れて唖然としてしまっていた。
魔王ルーファウスは、抵抗をしない和磨をこれ幸いと組み敷くと、ゆっくり顔を近づけ、桜色のぽってりとした小さめの唇に自らのそれを重ねた。
開いた口が塞がらない状態でぽかんと開けていた口内に舌を差し込み、我が物顔で嘗め回す。
そもそも、学校での和磨の扱いはキモいオタク野郎だ。
彼女などいた例はなく、もちろんファーストキスもまだだった。
そのファーストキスの相手がどう見ても攻めだろう大柄で男の色気たっぷりのこの魔王なのだから、これはきっと悲しむべき事態だった。
これまでにどれだけ経験を積んできたのかは知らないが、それは初心者である和磨にとっても気持ち良いとしか感じられないディープキスなのも癪に障る。
快感に息を弾ませながらも和磨の眉間に皺が寄ったのを感じたのか目の前で見たのか、唇を合わせたままで魔王はニヤリと口の端だけで笑った。
「……何?」
「気持ち良いくせに嫌そうだからな。この程度でその反応だ。先が楽しみだな」
嫌がられるのが楽しみとは随分と嫌な趣味だ、と和磨は脳内で毒づく。
それを本人に言わないのは、魔王という名乗りのせいだろう。
現状がすでにとんでもないのに、そんな肩書きを持つ相手の機嫌を損ねてさらに状況を悪化させるのは得策ではない。
和磨の内心を悟ったのか、魔王はさらに楽しそうに笑うのだが。
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