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 和磨が天上世界へ連れ去られて、二ヶ月が経っていた。

 その間に、ベルゼブブに丸投げしていた仕事はすべて片付けたし、ルーファウスの居室の隣に多少広さは劣るもののだいぶ凝った造りの和磨のための部屋も用意した。
 その部屋からは魔王専用の温泉に行ける様に扉と階段をつけた。
 私室同士を結ぶ扉もつけたし、プライベートがしっかり守れるように鍵付だ。
 たとえ喧嘩をしても、天上世界に帰るなどと言われないように。

 後は和磨が戻って来るのを待つばかり。そんな環境を整えた。

 和磨はリュシフェルとは違って人間らしい性格だ。
 一人になれる場所が必要なのだろう、と気を遣ったわけだ。
 お互いのために。

 次に目の前に現れる彼が和磨なのかリュシフェル――アウルアンティウスなのかは定かではないけれど。

 和磨を奪われてから、ルーファウスには日課ができた。
 中庭に面した二階の周遊回廊。
 まだ一面の三分の一しか埋まっていないが、ここに和磨が描いた絵が飾られている。
 その場所に椅子を持ち込み、日がな一日そこで過ごした。

 和磨を母と慕う魔物はすでに三十種類にのぼる。
 和磨が言うところの有名どころからオリジナルまで特徴も多岐に渡っていた。
 大きさも強さもまちまちで、しかし皆和磨に影響されるのか、どこか大人しい。
 そのわりに、魔物同士の食い合いも普通にするから不思議ではあったが。

 その魔物たちは、気が向いた時にふらっとこの回廊にやって来て、ルーファウスのすぐそばに寄り添って父なる魔王の心を慰めてくれる。
 この場所を重要な場所だと認識しているのか、他種族同士が顔を合わせても御互いに手を出すことはなく、居場所を分け合っていた。
 中立地といったところだろうか。

 今も、ルーファウスが座る椅子の足元にはグリフォンが王を守るように甘えるように寝そべっていて、そのすぐ近くで小柄なガーゴイルが三匹もつれ合うように遊び転げている。

 コツコツと足音が近寄ってくるので、ルーファウスは顔を上げた。
 グリフォンが警戒の色を見せないので、敵ではないと判断がついている。

「またここでしたか、陛下」

 それは、この地底世界の宰相だった。ここに和磨の絵を飾った張本人だ。

 彼もまた、ルーファウスの隣に立って同じように壁を眺めた。
 
「この壁を一周、埋めて欲しいですよね」

「カズマに?」

「はい、カズマ様に」

 この世界にも絵描きの上手な上級魔族が幾人かいて、城内にも彼らの絵が飾ってあったりする。
 しかし、ルーファウスもベルゼブブも、この回廊にはカズマが描いた絵以外に飾るつもりは毛頭ない。
 一枚目を飾った時点から、この回廊は和磨のものだった。
 本人は今のところ気付いていないのだが。

 しばらくぼんやりと時を過ごす。
 永遠に近い時を生きてきた魔物に、時間感覚などないに等しい。
 放って置かれると一時間でも二時間でもぼうっとしていられる。

 ふと、ルーファウスが顔を上げた。
 少し遅れてベルゼブブも外に目をやる。

 バキリ、と空が鳴った。
 ベニヤかプラスチックの板を叩き割ったような破壊音で、赤紫色の空がたわんだように見える。

 さすがに異常事態に気付いたグリフォンが外を警戒して足を踏ん張った。
 ルーファウスを守るような位置なのは、不在の母の代わりに主人を守ろうとしているのだろう。
 一方、そこらで転げていた三匹のガーゴイルは身を寄せ合って震えているようだ。

 それは、天上世界からの門が無理やり開けられたことを示していた。

 ルーファウスはしばらく外を窺っていてから、おもむろに立ち上がった。

「迎えに行って来る」

 誰を、などは訊くまでもない。
 告げられて、ベルゼブブは姿勢を正して頭を下げた。

「行ってらっしゃいませ。お二人でのお帰りをお待ちしております」

 軽く頷いて、ルーファウスは隣に寄り添うグリフォンと共に姿を消した。

 ガーゴイルたちが大慌てで窓から逃げ出していくのを見送って、ベルゼブブは溜息をつく。

 まさか地底の魔王が何者かに害されるとは思っていない。
 ましてあの戦天使が相手だ。

「帰っておいで、リュシフェル。ここがお前の巣だろう」

 それが我らが主のためならば。
 天使が相手であろうと気にせず、帰還を望む。
 これがきっとあるべき形なのだ。





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