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 真っ白な空間だった。

 天上も床も壁も。
 光源は特定できず部屋そのものが光を放ち、中にいる者すべてを白く照らす。

 家具と呼べるものなど何もない。
 中央の空間に何の支えもなく浮かぶのは黒い髪の少年で、周囲を天使が五人円陣になって取り囲んでいた。

 いずれも金から銀の中間色のいずれかに表現される髪をして、それ自身がわずかに光を放つ六枚の翼を背負い、純白のローブに身を包む、透き通るような白い肌の天使だ。
 個を表す記号は髪の色と長さ、それに目の色くらいだろう。

 中では最も暗いシルバーグレーの髪をごく短く切り揃えたつり目の天使、ウリエルが、深く溜息をつく。

「天の愛し子と謳われた戦天使の姿とは思えん」

「醜い黒髪に色のついた肌、脆弱な肉体。見るに耐えん」

 受けて答えたのはピンクがかった金髪を縦ロールに巻いた薄紅色の瞳を持つ天使、ガブリエル。
 すぐ隣に立つ白金色のおかっぱ頭ラファエルも同意を示して頷く。

「異界にまで逃げ出して得た肉体がこの程度。正気の沙汰とは思えん。魔王などに情を移して気が狂ったということか」

 ただ黙して語らず頷いたのは金よりはシルバーイエローに近い髪を背中で結った大人しそうな雰囲気を身に纏う天使のザドキエル。

 ふわふわにカールしたゴージャスな金髪を持つミカエルもまた、ただ目の前の少年を見据えていた。
 普段ならムードメーカーの役割を買って出る明るい性格も、今は鳴りを潜めている。

 最も憤りを露わにするのは、断罪の天使ウリエルだ。
 聖を愛し魔を憎む天使の中でもその性質が顕著に現れる。

「そもそも最上位天使たる者が聖王の元から異界へ逃げるなど、許されるべき行いではない」

「いやそれより以前に、魔王を愛しこの天上を捨てるとは何たること」

「魔王を憎むは我ら聖者の理。何を血迷ったか」

「間違いは正されねばならぬ」

『そう。間違いは正されねばならぬ』

 ウリエル、ガブリエル、ラファエルの三人が口々に述べるそれに、中空より合いの手が入る。
 声はすれども姿はなく、室内に響くように聞こえたその荘厳な声に、居合わせた天使たちが揃って膝をついた。

 それは、天上世界の中心にそびえる尖塔の頂点に座して動かず天上のあらゆる事物を見守り続ける存在。
 天上世界の創造主である聖王の声だった。

 最上級の敬礼で迎えられたその声は、追ってその姿を現す。
 投影された立体映像として見られるその姿は、背に翼を持たず、白木の杖を突き、白髪は腰まで伸びて背で結い纏められた、白いローブを着た老人の姿だ。

 必ずこうした立体映像でのみ現れる聖王は、毎度その姿を変えて登場する。
 翼がないことと男性であること以外に共通点のないその映像は、それだけに本来の姿が想像できない。
 この最上位天使たちですら、聖王の生身の姿と会った者はいなかった。

『間違いを正そうぞ。天の愛し子はあるべき姿に』

 口を開かずに言葉を発し、立体映像で見られる老人はその白木の杖を頭上に掲げる。
 天使たちに囲まれた少年の脇に立ち、見た目の年齢にそぐわない力強い仕草だ。

『そなたたちは座をはずし、それぞれの任へ戻れ。
 次に見える戦天使は天の愛し子にふさわしい姿に戻っているであろう』

 指示に従い、天使たちは開いた白い扉の先へそれぞれ去っていく。
 最後に戸をくぐったミカエルがふと振り返り、心苦しい表情で呟いた。

「それは本当に間違いなのか、リュシフェル」

 返る言葉はもちろん何もなく。ミカエルはその戸を閉じた。





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