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 一際強い風が吹き通り、和磨は舞い上がる軽い髪を慌てて頭に押さえた。
 少し癖のあるこの髪は、弱い風なら綺麗に漉いてくれるけれど強い風に舞い上げられると絡まりやすい。

 風が治まるのを待って和磨は頭から手を離し、岩に両手をついて星の瞬く空を見上げた。

 この世界に来てから、一人きりになることは本当に稀だ。
 おかげでここぞとばかりに考え事をしてしまう。
 不思議に思ったら止まらなくなるのは、やはりルーファウスのことだ。

 地底世界の創造主で魔物の王で、それなのに天使を愛し和磨を愛してくれる人。
 リュシフェルと和磨を同一視しているのに、それでも頑なにリュシフェルを拒んだ和磨を思いやって和磨の名を呼び愛を囁いてくれる。
 バエルが余計なことを言わなければ、そのまま自然に思い出すまで見守ってくれるつもりだったと聞いて、和磨はルーファウスの思いを否定する力を失った。

 魔王らしくない、思いやりに満ちた魔王ルーファウス。
 それが和磨にしか見せない顔だとしても、純粋に嬉しい。

 絆されただけだと、頭ではわかっている。
 それでも。
 好きになった自分の思いはきっと本物なのだろう。
 初恋だからなおさら、思いっきり戸惑っているのだけれど。

「星、キレー」

 思っていることとはまったく脈絡もなく。
 ぼんやり呟いた声は思いのほか大きく響いた。
 誰もいない、音もない、静寂の世界。
 強い風が吹けば木々もざわめくけれど、今は本当に何の音もない。

 それでも穏やかに感じられるのは、空に広がる星空と明るい月明かりのおかげなのだろう。

 こうして見上げている分には、和磨のよく知る元の世界と変わらない景色なのに。
 この世界はただ平らで、海の向こうには果てがあり毎日天体は同じ運行を繰り返すという。
 どういう構造で出来上がった世界なのか。
 創造主であるはずのルーファウスですら説明のできない不思議な世界だ。

 不思議といえば、そもそも和磨の存在そのものが不思議の塊だった。

 ルーファウスと恋に落ちて地底で暮らしたリュシフェルは、その後天上世界に無理やり連れ戻され、ルーファウスへの恋心を切り離すために肉体を殺されたと聞かされた。
 その後の消息は杳として知れず、和磨がルーファウスの寝室に現れるまでの二十年間行方不明だったそうだ。

 天使はそもそも肉体に囚われない生き物だ。
 肉体を失えば次の肉体をよりどころとして生み出す。意識も記憶も引き継ぐ。
 その引き継ぐべき記憶から、天の創造主はルーファウスに関する部分を取り除くつもりだったらしい。
 肉体を持つ間は記憶領域を肉体に持たせているため手が出せないが、聖力の塊である状態に戻せば創造主の思い通りになるはずだった。
 その狙いに従ってまずは肉体を壊した。

 ところが、その瞬間からリュシフェルはこの世界から姿を消した。
 聖王の手の届かない異界へ。

 しかしそもそも、リュシフェルはどうやって異界へ逃げたのか。
 どうやって和磨になったのか。
 それはルーファウスにも答えられなかった。
 存在がなくなったわけではない、そこまでしかルーファウスには追えていない。
 同じ立場である聖王もまた、認識は同じであろう。

 だからこそ、もしかして、と和磨は思う。
 もしかして、リュシフェルとは聖王や魔王より上位の存在だったのではないかと。
 もしくは、この箱庭のような世界を作り出した主を知っていたのではないかと。

 すべては推測の域をでないままだ。

 見上げていた星空に流れ星が一つ。
 思い悩んでいた意識が、元の世界では滅多に見られなかったそれに奪われた。
 こんな箱庭の世界でも、流れ星は流れるんだなぁ、と思って。

 くすっと笑みがこぼれた。
 毎日同じ時間にその場所に流れるのなら、ありがたみが薄れると言うものだ。

「この世界の流れ星でも、願いは叶うのかな」

 だとしたら、願いたい。
 自分を愛してくれるルーファウスのために、リュシフェルの記憶が欲しいと。

 静寂の世界にまた強い風が吹く。
 裏の林の木々を揺らすさわさわとした音に混じって、大きな鳥の羽音が聞こえた。
 髪を押さえながら振り返った和磨が見たものは、夜の闇の中でも溶けることのない純白の翼の先のみで。

 風の治まった裏庭の岩の陰に、三系統六色の組紐で作られたリボンが絡みついた純白の羽根が一枚、残されていた。





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