12
案内された場所は、街の診療所だった。
待合室があり、その一角にカウンターがあって看護師のような女性が働いていて、その脇のドアが開いて丁度人の出入りがあった。
待合室にいる人々は怪我やら風邪やら腹痛らしいやらでいかにも患者らしい。
待合室で待っている四人の人々を見回して、メフィストは少し困った表情を見せた。
「そろそろ患者もはけた頃だろうと思ったが、まだであったようじゃの」
待たせてもらおう、と方針を決定し、メフィストはその待合室の片隅に空気椅子を作り出して座ってしまった。
腰を落ち着けるつもりらしいと見て取って、和磨も近くの空いているベンチに腰を下ろす。
ユーリはどうしたものかと他二人を見比べていたが、結局楽な方を選んだらしく、和磨の隣に回りこんだ。
腰を下ろそうとしたところで、バチンと尻を弾かれて飛び上がる。
どうやらメフィストに叱られたらしい。
今度は大人しく師の隣で師の真似をして座ったユーリを見て、和磨は好奇心いっぱいの目をメフィストに向けた。
「それ、俺にもできます?」
「ふむ。残念だが、おそらく無理だの」
子供のようなわくわくした気持ちがそのまま現れている目を見せられると、メフィストは申し訳なさそうに眉を落とした。
「これは、空気を上下左右前後の六方向から押して固めることでできておる。
外に力を放出する魔力使いには初歩的な術だが、聖力使いでできた人間は見た事がない」
「そうなんですか。残念」
この世界の仕組みを考えれば確かに予測可能な結論だ。
聖と魔はまったくはっきりと相反する力で、どちらかを使えるならばどちらかは確実に使えない。
魔力使いである彼らにできることはほとんど、聖力に偏った和磨にはできないと言える。
がっかりしてしまった和磨を励ますように、メフィストは笑って見せた。
「反対に、聖力使いには我々魔力使いは逆立ちしてもまったく不可能な術を行使する事ができるからの。
他者の治療は最たるものだが、他にも壁の向こうを見通したり人ならざる者の声を聞いたり。
そちらの方が我等には余程すごい力に思えるよ」
「つまり、御互いに協力し合えば丁度良く補い合ってより強い力になる」
「その通りじゃな」
つまり、魔王と最上位天使のカップルなら最強だったわけだ。
天上世界からリュシフェルを取り戻す力が働いたのも当然の結果と言って良かった。
「しかし、本来聖と魔は相反する力であるが故に仲が悪くての。
聖力使いと魔力使いが上手く連携できる街はなかなかに珍しいのじゃよ」
「メフィストさんとここの聖力使いさんは仲が良いんでしょう?」
「まぁ、友人とは呼べるといった程度じゃな。仲が良いというほどではないだろう。
険悪ということはないといった方が正しかろうて」
それでも、こうして突然に遠慮なく尋ねて来られる程度には打ち解けているということだろう。
そのくらいの認識は、今までの経緯から判断が可能だ。
「結婚するくらいには仲が良くて、五年で離婚しちゃうくらいには仲が悪いのよ。
ね、お父様?」
突然和磨の背後から声がかかって、驚いて振り返る。
そこに立っていたのは、白衣姿の美人女性だった。
年の頃は二十代後半ほどか。
メフィストの娘というのなら大体当てはまる年代だ。
その女性の台詞と苦虫を噛み潰したようなメフィストの表情から、今手が空くのを待っているその相手の正体は自ずと知れた。
「つまり、元奥さんなんですか、こちらの聖力使いさん」
「そう。私の両親なの。
二人で相反したおかげで私は何もできないんだけれどね。
幼い頃から母を手伝っていたおかげで薬草には詳しいのよ」
自慢げに胸を張るのは、その知識がやはり尊敬される類のものである証拠なのだろう。
薬草の知識を持つ人間が聖力使いの許にいて活躍しているということは、何でも特殊能力頼みというわけではないということでもあった。
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