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 アモンが最近は顔を見せなくなってつまらないと評していたメフィストは、つまりアモンの手料理を振舞われている人間だ。
 それだけ舌も肥えているのは同じ料理を食べていたから良くわかる。

 その人が美味いと評する定食屋は、本当に美味だった。
 このあたりの主食はピタやタコスのように粉を練って焼いた物で、これに野菜や肉の燻製、チーズなどを挟んで食べる。
 味付けは塩や辛味のある粒状の種、香草といったものだ。
 油分が少なくさっぱりとした深い味わいで、ダイエット食に丁度良いな、と思わず職業病的な発想も生まれた。

 このあたりは水をそのまま飲む事ができないのだそうで、果物を潰して動物のミルクと混ぜた飲み物をもらった。
 動物のミルクよりも蒸留水の方が価値が高いのだそうだ。
 まるでワインを水代わりに飲む地域のようだが、つまりそういうことだろう。

 食料がさっぱりしているのは、飲み物にカロリー増の要因があるからなのだろう。
 ミルクに含まれる糖分が身体に染み渡る錯覚を感じながら分析する。
 対するメフィストは黄金色の液体を飲んでいて、それはだいぶ強い酒なのだと聞かされた。
 ユーリもミルクを飲んでいるので、子供にはご法度なのかもしれない。

 それにしても昼食も飲み物も気に入った和磨は、メフィストからレシピを聞き出していた。
 魔力使いの知識量は伊達ではなく、魔力の行使にはほとんど無関係な料理のレシピをアレンジ方法まで交えて丁寧に教えてくれる。

「今度いらした時は振舞えるように、練習しておきますよ」

「……それは、魔王陛下の許で、という意味かね?」

 もちろん地底世界に帰すことを約束して預かった子供なのだから、和磨が帰る先は魔王の許だ。
 しかし同時に、異邦人とはいえ人間であるこの少年を地底ではなくこの地上で育ててやりたい、年長者としての親心のようなものも芽生えていた。
 返さなければならないが、返したくない。
 和磨の行く末を案ずるが故に、何より自らの心の平穏のために。

 しかし、和磨はその問いにごくあっさりと頷いた。他に選択肢はないと言いたげだった。

「結構気に入ってるんですよ、あそこでの生活。
 それに、きっと思い出さなくちゃいけないんだと思うから。
 いつまでもあの人の優しさに甘えているわけにいかない」

 自分の前世だというその戦天使のことは、心の底では認めたくないものだ。
 だがそれでも、彼自身でなければ知らないような場面を毎夜夢に見せられていれば、それを真実と受け止めるしかない。
 その過去を知っている自分は、彼自身でしかありえないのだと。

 それに。

「あの人の餌としてでも何でも、あの場所では俺を俺としてみんな扱ってくれるから。
 それに、あれだけ愛されると無下にできないっていうか。返したいと思うんです、自分の意思として」

 そのままの気持ちでは無理だとしても。あだでは返したくない。
 好意に対して返して良いのは好意か誠意のどちらかだ。
 好意が返せないのだからせめて誠意だけでも、と思う。

「殊勝な心がけだの」

「本当は、まだ頭の中で整理がついていないんですよ。置かれた環境に慣れるので精一杯です」

「いやいや。身を置きたい場所が定まっているのなら他の事は追い追いついてくるものよ。
 焦る必要などなかろうて。
 何より魔王陛下ご自身があれだけどっしりと構えておられるのだ。年相応に人に甘えることもまた愛嬌と言えよう」

 それで納得したわけではなさそうだが、和磨はそうですねと答えてほんわり微笑んだ。





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