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 ユーリが目の前に置いた岩は、頑張れば持ち上げられそうな一抱えほどの大きさだった。
 これに何をしているのか、ユーリは手をかざしたまま動く気配がない。

 しばらく見ていると、その岩が少しずつ浮き上がってくるのがわかった。
 音もなく揺れもせずゆっくりと上昇した岩は、三十センチほどの高さで停止し、今度はユーリから離れる方向へ平行移動していく。

 和磨はさすがに驚いてそれをじっと見つめていた。
 集中している人の邪魔をしないよう、固唾を飲んで見守ってしまう。

 岩はその大きさの二倍ほど離れた位置まで移動して停止し、浮き上がった時と同様にゆっくりと音もなく揺れもせず下降する。
 地面に置かれた瞬間でさえ、塵一つたてなかった。

 ユーリが肩の力を抜いたことで一連の作業の終了を判断し、和磨は感嘆の声を上げて手を叩いた。

 それはおそらく、瓦礫に挟まれたり倒れた荷車に押しつぶされた人を救出することを想定しているのだろう。
 周囲に圧力をかけず邪魔なものを取り除こうと思えば、相当の精神力を必要とする。
 何度も繰り返し訓練してしすぎるということはない。

 だが、拍手で称えられた方であるユーリは、ますます不機嫌になると和磨を振り返って強い視線で睨みつけてきた。

「なんだよ!
 お師匠様のお客人だからって俺はアンタなんか敬ったりしないからなっ!
 どうせ俺には並み程度の力しかねぇよ。それでも頑張ってここまで来てんだぞ。
 バカにすんのもいい加減にしろっ」

 何が気に入らないのか、ついに堪忍袋の尾が切れたようでユーリは修行を放り出して和磨に詰め寄ってきた。
 単純に感激しただけのつもりだった和磨は、それだけ激昂するに至った理由が思い至れずに首を傾げるしかできないのだが。

「強い潜在能力があるからって、持たざる人間バカにして楽しいか!」

 それはつまり、どうやら和磨が持っているらしい天使という本性に由来する強い聖力を敏感に察知して反発していたことを暴露する台詞だった。
 史上最強と最上位魔族にまで評される大魔力使いの師匠ゆえに、その追いつけない存在の大きさが壁となってユーリの前に立ちふさがっていたのだ。
 それだけでも随分なストレスだったところへ客として年齢もほとんど変わらないくせに潜在能力は異様なほどに高い和磨が現れたことで、なけなしのプライドがグリグリと刺激されたわけだ。

 本人にはその自覚がないのだが。

「確かに潜在能力はあるのかもしれないけど、使えなければないのと同じじゃない?」

 正直なところ、力があることはいろいろな人から太鼓判を押されているところなのだが、そもそも自覚がない。
 力はあるのだとしても使えなければ意味がなく、今の和磨は燃料のない自動車のようなものだ。
 使えなければただの邪魔な箱でしかない。

「力があることは認めてんじゃねぇか」

「そりゃあ、俺なんかより明らかに見識のある人が寄ってたかって太鼓判を押すんだから、俺はそれを否定する材料を持っていないだけさ。
 魔法なんて御伽噺にしかない世界から来てるから、純粋に驚いてるんだよ」

 説明しても聞く耳を持つ気すらないらしいユーリの態度が変わることはなく、和磨は困ったように眉を寄せてすっきり晴れた青い空を見上げた。
 どう説明すればわかってもらえるのか。

「そもそも、君は今修行中なんだよね?
 師匠について一人前の魔力使いを目指して頑張ってる。
 逆にいうなら、まだ師事しなければならないくらい未熟だってことでもある。
 だったら俺は、そういう修行中の人を現状で評価するべきじゃないと思ってるよ。
 だって未熟なのが当たり前なんだから。
 人が評価されるべきなのは、師の許を去って独り立ちするときだろう?
 その人がどれだけ真剣に修行に取り組んでいて、どれだけ自分の技を磨き上げたか。
 たとえ高度な技を身につける事ができなかったとしても、その人が為せる技を極めることはできるはずだ。
 師の許を去るときに中途半端なままだったらそれは評価できないけど、どんな道の方向でも自分の物として確固たるものとして会得できていれば良いと思うんだ」

 それは、モデルをしていた頃の和磨が尊敬できる先輩に教えられたことでもあった。
 ショーモデルとしてはまったく役に立てない和磨の身長は、モデルという職に就いたら誰でも憧れるスターダムへの道を元から断たれていることでもある。
 そんな現実を突きつけられて腐りかけていた和磨がファッション誌の人気モデルとなった背景には、その先輩の言葉が隠されていたのだ。

 大舞台で脚光を浴びるだけがモデルじゃない。
 モデルの基本は見る人の憧れを体現することで、大きく言うなら夢を与えることだ。
 和磨は和磨が持てるモデルの才能を磨き続ければ良い。
 せっかく人目を引く美貌を持って生まれてきたんだ。活かさない手はないだろう?

 改めて人に言われて気付くこともある。
 整った顔立ちに、近眼のせいで目を見張るため必然的に現れる大きく潤んだ目。吹き出物の出にくい肌に、さらさらの漆黒の髪。
 雑誌モデルには好都合な条件が揃っていた。

 ならばその道を極めてみよう、と和磨は意識を変えたのだ。
 肌と髪の手入れを欠かさず、毎日表情筋をマッサージして鏡に向かって色々な表情を研究し。
 トップモデルに近い地位を手に入れたのは、そういった地道な努力の成果だ。

 だからこそ、才能を持てずに生まれたと卑屈になる人を許せないと思う。
 それぞれに特別ではなくても何らかの才能を握っているのだ。
 それを上手に見つけ出して育て上げるのは、結局自分なのだから。





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