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話が一段落したところで、新しい客人に興味を持ったのはもちろん和磨だった。
人間が魔法を使うなどありえない世界からやってきた和磨にとって、本物の魔法使いが目の前にいるのだから興奮もする。
「こっちの世界では人間でも魔法が使えるんですね」
この世界に生きる者には今更過ぎる質問だろうが、そんな質問が出ることで和磨が異邦人だと実感したのか、メフィストが説明を始めた。
世界創造の時代から生きている魔族たちももちろん知らないことではないが、やはり人間のことは人間に説明を任せるべきだろう。
「この世界には、大別して二種類の異能力が存在します」
一つは、天上世界に起因する聖力。一つは、地底世界に起因する魔力。
どちらもそれぞれに世界を構成する大切な力だ。
丁度中間に当たる地上は双方の力が同量ずつ流れ込んで均衡を保っている。
地上に生きる人間もまた、双方の力が同量ずつ流れて相殺しているため、通常は異能力を発揮することがない。
ただ、まれにどちらかの力に特化して生まれる人間もいて、彼らを異能力使いと呼ぶのだ。
通常、異能力使いとして生まれる子供は就学年齢まで親元で育った後に故郷を離れ、それぞれの国家から特別な教育を受ける。
生まれた時の能力の偏る方向によって聖力使いと魔力使いに分けられており、それぞれにある施設に集められて英才教育を受けさせられるわけだ。
その後成人して施設を卒業すると、国家の定めた職に就き、師を得てさらにそれぞれの術に磨きをかける。
強制されるとはいえ、ある程度の自由は許されているため、子供たちはみな熱心に修行に励み、どちらの能力にせよ人の役に立って一生を誇りを持って生きていく。
人の役に立つからこそ能力のない一般市民からも広く認められて尊敬されるのだ。
「聖力は治癒力の源となり、魔力は動力の源となる。
聖力使いは医者に、魔力使いは災害救助員になることが多いですな」
「聖力は内に巡る力、魔力は外へ放出される力と言われておる。
それ故に、聖力使いは内向的、魔力使いは攻撃的な性格であることが多いのじゃ。
とはいえ、強い思考能力があればそれなりの理性が働くでの。最上位には当てはまらないことも多い」
少なくとも、文化レベルの高さをより好むベルゼブブや老女の姿を通しているアスタロトなどは、間違っても攻撃的という評価はあまり下されないものだ。
「そういった話では、カズマ殿がこの世界に降臨なされたことは実に不思議ですな。性質が正反対だ」
「え?」
「強い聖力をお持ちのようじゃ。ご自身で気付かれておいでではないようですな」
指摘を受けて確かめるようにルーファウスを見やれば、困ったような苦笑いで返された。
そもそも和磨の前世が戦天使であるというなら、当たりまえの話だった。
魔族が魔力の塊である反対に、天使は聖力の塊であることは至極当然というものだ。
しかし、和磨は自分が人間だと自覚している。
従って、次の反応もまた順当というものだろう。
「それってつまり、俺も聖力使いになれるってことですか?」
「もちろん。力の引き出し方さえわかれば聖力に属する異能力を何でも使いこなせるようになられるでしょう。強く純粋な力を宿しておられる」
その力は人間が持つものにしては強大すぎて、まるで天使のようなのだが、懸命にもそこまでは言及しなかった。
魔の本拠地であるこの魔王城でその言葉は禁句だろうと判断したわけだ。
メフィストの答えに、和磨は期待をこめた眼差しをルーファウスに向けた。
その先の言葉に予想がついて、さすがの魔王も焦ってしまう。
「駄目だ」
「……まだ何も言ってないのに」
「聞かなくてもわかる。地上で聖力の引き出し方を学びたいというのだろう」
まさしく図星でぐうの音も出ない。
そうは言っても諦めきれないので、和磨はルーファウスに可愛くおねだりすることにした。
するりと腕を絡ませて自慢のクリクリ眼を潤ませてじっと見つめる。
「どーしても、ダメ?」
好き心にど真ん中ストレートなおねだりに、さすがのルーファウスも怯んだ。
愛しい人に強請られて拒否を言い張るのは、なかなか精神力を試される行為だ。
「……ダメ」
「お願い。こっちの人間の世界も見てみたいんだよ」
「さすがに俺でも地上まではついて行けないんだ。俺から離れるなよ」
「ちゃんと帰って来るよ。一泊だけ。ね?」
本気で修行するのなら一泊どころか数年は必要だ。
だが、和磨はすでに精錬された聖力をほぼ無尽蔵に持っている。
ひとまず知識を習得すればあとは独学でも十分だろう。
そこまで和磨が自ら計算したとも思えないが、一泊という約束は許可を引き出すのには適当な長さだ。
その程度も手放してやれないとなると心が狭いといわれても反論できない。
そもそも手放せない理由は打ち明けるのに憚られる内容なのだ。
和磨が地底から出てくるのを天上世界の天使たちが手ぐすね引いて待っているなど、本人が自分の正体を受け止めきれていない現状で言及するのは心苦しい。
その上、和磨の正体を知らない人間がここに同席しているのだ。
「……一泊だけだ」
「やった! ありがとう、ルーファウス」
無邪気に喜んでルーファウスの頬にお礼のキスを一つ。
思いがけず可愛いお礼をもらって、ルーファウスは驚きのあまり硬直してしまっていた。
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