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この世界にやって来て十日あまり。
和磨はだいぶこの世界での生活に慣れて来ていた。
朝、ルーファウスの腕の中で目を覚まし、魔王専用の温泉で朝風呂を満喫。
カイムが用意してくれる服を着て、服に合わせた魔王お手製のリボンでルーファウス自ら髪を結ってくれる。
ちなみにこれは、自分ですると主張した途端に楽しみを奪うなと叱られた。
着替えを済ませばルーファウスと二人でサンドイッチの朝食を摂り、執務室に成り果てているホールへ移動。
昼食の時間まではお絵描きの時間で、これまでに創り出した魔物は一日二種類ペースだ。
昼食の席には最上位魔族がバエル以外全員揃って賑やかになる。
その後は、ベルゼブブ、アモン、カイム、アスタロト、ベリアルの順に勉強会の時間だ。
ベルゼブブは和磨がいた世界の政治形態を知りたがるので完全に勉強会だが、アモンとは料理について、カイムとは服のデザインなどで、それぞれ頭をつき合わせて研究に楽しそうにしているし、アスタロトには神話や昔話、御伽噺などを語って聞かせている。ベリアルとは薬草事典を作りたいというので草花の写生中だ。
夕方にはルーファウスが和磨を迎えに来て、またもや昼食のメンバーが揃っての夕食の時間。
それから温泉で一日の身体の汚れを落として、ルーファウスの食事タイムになり、有耶無耶のうちに眠りにつく。
一定のペースが守られていることがかえって身体を慣らすのには丁度良く、和磨は毎日を楽しく過ごしていた。
誰も和磨を戦天使と同一視することなく、可愛い容姿をした異邦人として扱ってくれるので気楽なのだ。
その日は、図書室でアスタロト相手に思いつく限りのギリシャ神話を語っていた。
ギリシャ神話は、数ある神話の中でも和磨が最も気に入っている神話の一つだ。
神様のくせに浮気をしたり嫉妬をしたりとやけに人間臭いところが大好きだった。
ただ、ギリシャ神話は星座が基本になっている話が多いので、星の運行のないこの世界では実に説明し辛いのだが。
地球という惑星から見た太陽や月、星の動きの説明を混ぜながら神話を語る和磨の話を、何故かベルゼブブまで参加して聞いていて、同じく同席していたルーファウスがふと制止した。
「客のようだ」
言われて図書室唯一の扉を見やれば、もうすぐ還暦と見える白髪交じりの老年の男性が一人そこに佇んでいた。
その姿を見て立ち上がり出迎えたのは、アスタロトだった。
「良く来たね、メフィスト。久しく顔を見なかったが息災のようじゃ」
「弟子の教育に忙しくしていましてな。お邪魔しても宜しいかな?」
魔王や初めて見る顔もそこにいて、遠慮したものらしい。
問われてアスタロトも確認するためにルーファウスを振り返った。
黙ったまま頷く返事を許可と取り、彼は部屋に入ってきた。
初対面同士を紹介したのはこの部屋の主であるアスタロトだ。
「カズマ。人間としては最強を誇る魔力使いで、メフィストという」
和磨に対して先に紹介するのは、アスタロトの判断では和磨の方が立場が上だということだ。
紹介されてメフィストが頭を下げるので、こちらの世界でも初対面の挨拶はお辞儀なのだとわかる。
お辞儀を返して、和磨は自分から自己紹介をした。
「こことは別の世界から来ました、カズマです。魔王陛下にお世話になっています」
その言葉は、こんな地底世界の最深部という特殊な場所で最上位魔族に囲まれて人間史上最強の人物より上の位置に立たされたその理由を示していた。
地上世界では王にすら敬われる立場であるメフィストも、さすがに異邦人に会うのは初体験で、心底驚いた表情だった。
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