15 R
あぁ、夢を見ているのだな、と和磨はすぐに理解した。
どこで記憶が飛んだのかは良くわからないが、どうやら夢の中にいるらしい。
目の前の大きな鏡に映るのは、銀の髪と淡い緑の目が特徴的な純白の六翼を持つ天使だった。
見覚えのあるその鏡とそこに映りこむ部屋の調度品の数々が、ルーファウスの部屋のリビングであることを物語っている。
瞳の色に合わせたような淡いエメラルドグリーンのゆったりしたローブを着込み、少し憂いを帯びた視線を鏡に映る自分自身に向けていた。
ふと気付くと、右隣に深紅の長い髪をした逞しい体躯の男が寄り添うように立っていた。
「何をそんなに憂えているんだ?」
優しく抱き寄せてくれる腕に、彼も抵抗する様子もなく身を預けた。
頭をその肩にもたれるように摺り寄せて、自分から男の腰に腕を回す。
恋人に甘える仕草そのもので、愛しいものを守ろうとする男の本能をくすぐるようだ。
「貴方から離れたくないんだ、ルー」
「だったら、離れなきゃいいさ」
「簡単に言ってくれるよね」
「こうして城にいる限り、俺に守れないはずがないだろう?」
「ずっと閉じこもっているわけにもいかないよ」
「ずっと閉じこもっていれば良い」
その台詞が本心だとわかるだけに、彼は少し呆れたように眉を情けない表情に歪め、肩を落とした。
それから、甘えてくる相手に彼の方からも甘えて寄り添う。
「そうだね。ずっと閉じこもっていたい」
忍び込んでくるイタズラな指を拒むことなく受け入れて、普段からの習慣になっていた取り繕いを放り出せば、本心が口をつく。
その必要がないのであれば、外へなど出ることもなく、天上世界の者が手を伸ばして来られないこの最深部に位置する城に篭っていたい。
愛しい人の腕に抱かれて、下位の天使たちを気遣う必要もなく、難しいことを引っ切り無しに捏ね繰り回す必要もなく。
けれど、根っからの天使である彼にとってそれは意外に難しい。
ボンヤリしていれば哲学的思考に気を取られてしまうし、下位の天使たちが平穏に暮らせるよう気を配るのも癖のようなものだ。
散歩がてら天上世界中を見回るのもすでに日課で、そうしていないとどうにも調子が狂う。
「どこへ出かけても構わない。お前を監禁するつもりもない。
だが、眠る場所は俺の腕の中以外許さないからな。夜には戻って来い」
「……ん」
他人に命令されることはたとえ聖王でも許せなかったのに、相手がこの魔王ならば素直に頷ける。
それは命じられる内容が彼の望みと合致するせいだ。言われなくてもそのつもりだと断言できる。
「どこか遠くへ行く破目になったとしても、俺の巣は貴方の腕の中だけだから。必ず戻るよ。約束する」
「違えるなよ」
「天使の約束事は絶対だよ」
たとえこの翼をすべて失っても。
たとえすべての記憶を失っても。
必ずこの腕の中に戻るのだ。
そこが、ようやく見つけた自分だけの巣だから。
「だから、ね。
抱いてよ、ルー。
ずっと篭っていたくなるように、いっぱいして」
天上世界にいる限り知るはずのなかった剥き出しの性欲を、教えてくれたその人に訴える。
まったく恥じ入る様子もなく直接的な言葉をわざわざ選ぶのは、それが相手を喜ばせる手段と知っているからだ。
思惑通り煽られてくれた相手に、存在はするもののそれが持つべき役割からすればまったく役立たずな性器を直に手に取られて、ぞくりと身を震わせた。
それは急所を奪われる恐怖ではなくこれから与えられるはずの快楽の予感に胸を高鳴らせているのに他ならず。
「アウル。愛している」
同じ言葉を返す隙もなくキスに声を奪われて。
言葉の代わりにしがみつく腕に力をこめて返す。
下半身を相手の同じような所に擦り付ければ、それを握っていた大きな手が二本一緒に握りこんで絡めるように撫で上げられる。
堪えきれず、熱の篭った息を吐いた。
彼の手もまた二人の間に潜り込むと、真似するように二本の性器に指を絡めて扱き始める。
自慰と奉仕の一石二鳥。
同じものを二人の手が同時に愛撫するので、必然的に指が触れ合う。
彼の細い指まで絡め取って蠢く大きな手に、彼はとうとう完全に身を委ねた。
「んっ……ふ、ぁあっ」
「まだイクなよ」
「やっ……ん、だ……って……」
「ん?」
「キモチ……イイ……の……あぁ……っ」
堪えきれず吐き出す声は悦楽そのもので、それでも恋人の要求に従ってその逞しい体に抱きつく。
熱を持つ吐息が首にかかり、しがみつく細い腕が先を強請る。
魔王は欲情のおもむくままに彼を抱き上げ寝室へ移動すると、ベッドに倒れこむように押し倒した。
ゆったりしたローブを剥ぎ取り、その首元に噛り付く勢いで口付ける。
身体中にキスを落としながら自分も浴衣のような寝着を脱ぎ、快感に身悶える恋人を改めて抱きしめた。
「喰うぞ?」
「……んっ……オレ……も、欲し……」
食欲を訴えられて性欲で応える。
言葉は違えど望む行為は同じで、どちらも愛しているからこそ望むことだ。
命のやり取りの最前線で戦ってきた彼がその身を委ねる相手はただ一人。
頚動脈の上に口付けられても、足を大きく開かされて排泄器官であるそこに異物を押し付けられても、抵抗しようという意思すら浮かばない。
感じるのはただ、愛しさのみ。
受け入れるその瞬間は確かに痛いけれど。
「あぁっ」
痛みを堪えるためにしがみつく先はこの男の身体だけだ。
一瞬の痛みさえ遣り過ごせば、脳内麻薬がすべてを快感に置き換えてくれる。
彼にだけ向けられる男の優しさがそれ以上の痛みを強要しないことを信じきれるから、与えられる痛みも苦しみもそれ以上の快楽も際限なく受け止める。
天使の吐き出す聖属性の生気は、魔属性の頂点に君臨する魔王にはこの上ないご馳走だ。
自分が餌であることはわかっていて、けれどこの人の餌になる権利は誰にも譲りたくない。
「……あっ……んぅ……ね、……るぅ……」
「ん?」
欲望のおもむくままに身体を揺すりながら、問い返す声は魔王の肩書きを疑えるほどに優しい。
話ができる程度に攻める手を緩めて、その代わり強く抱きしめてくる。
「他の誰も、抱かないで」
「他の誰も抱けないさ。俺の腕が抱きしめるのは、お前だけだ」
過去を言うなら、相手に拘りなどなかった。
後腐れのない相手、というくらいが唯一の条件だったくらいだ。
しかし今は、愛しい人が腕の中にいる。
他に食指を伸ばす必要などないし、その気も起きない。
もし万が一手放す破目になったとしても、他の相手になど食欲が湧かないに違いない。
ただ飢えを満たすだけなら、経口食でも事は足りるのだから。
「だから、飢えさせるなよ」
「うんっ」
自分の膝の上に抱き上げながら甘い声で訴える。
自分の体重で深く入り込んでくる凶器を逃がさないように内壁で締め付けながら、彼は喘ぐと同じ頷きを返した。
ひらりと空を掻く六枚の白翼が、喜びを示して大きく広がった。
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