13
和磨が退室するのを待っていたのか、銀の甲冑に身を包んだ大柄の人の形をした存在が姿を現した。
声からして男であることはわかるものの、頭の先から足の先まですべてを鈍く光る甲冑に隠しているので中身は定かではない。
横にも縦にも大きなその体躯はなるほど将軍の名に相応しい。
その相手に、ルーファウスは大きな溜息をついた。
「ただでさえ、異世界に突然連れて来られて困惑している相手を、さらに追い込むのはやめてくれんか」
「ふん。魔王陛下を忘れる程度では認めるわけにはいかんよ。
しかも何だ、あの脆弱な姿は。あの戦天使とも思えん」
ふん、と鼻息荒く返して、バエルは空中に椅子があるかのようにドカッと腰を下ろし、偉そうに足を組んだ。
ガッチリ固められた鎧姿でその体勢は随分無理があるはずだが、バエルの様子は実に自然だ。
なにやら不機嫌なバエルに、ルーファウスは苦笑を返すしかなかった。
「昔から剣を扱うとは思えない華奢な身体つきをしていたと思うがな」
「そのかわり、触れなば斬れんほどに鋭い目つきであったぞ」
「そりゃ、お前が殺気を向けるからだろう。本来の気性は怒る事があるのか疑わしいほどに穏やかな人なんだ」
将軍の二つ名を自ら名乗り始めただけあって武力には絶対の自信を持っていたバエルは、だからこそその鼻っ柱をへし折った天使に報復の隙を窺っているのだ。
恋人であるルーファウスは、双方の実力を知っているからこそ止めようともせず苦笑して見守っていたものだが。
「あいかわらずベタ惚れなのだな。あれだけ変わっていても熱は冷めないか」
「熱じゃないからな。大体、そんなに目の敵にすることはなかろうに。何が気に入らないんだ」
「あの武力に決まっておろうが。天地の理に反しないのか、あれは」
「理にいう均衡は武力に限ったことではないからな」
そもそも、武力のみで比較するなら聖王すらも押しのけて一位に君臨する実力の持ち主だ。
聖に属する異能力の元である聖力も桁違いで、やろうと思えば目に見える果てまでの生き物すべてを狂乱に陥れることも可能だ。
それでも戦天使の地位は最上位天使の二位。
その上位に聖王と大天使が控えている。
力比べではわからない何らかの判断基準がその順位決定に関係しているのだろう。
「それに、聖属性のまま地底にいればそのどちらにも加担できないからな。
どちらにも脅威にならなければ何の問題もない」
「そのうち乗っ取られるぞ」
「あの性格でそんな面倒臭いことはしないだろう」
権力欲などほとんどなく日々平穏にゆっくり暮らしたいと思う人だ。
無用な心配だとルーファウスは断言した。
今日創りだした二種類の魔物たちのようにすべての魔物たちが彼を母と慕うようになれば乗っ取られたと言い換えられそうだが、魔王の伴侶と考えるならば別におかしい立場ではない。
「そんな言い方ばかりしていると、魔物たちに嫌われるぞ。母様を苛めるな、ってな」
和磨が立ち去って寂しそうにしていたグリフォンたちが少し離れたところからこちらを見守っていたのだが、二人の会話を理解して聞いていたようで、そうだそうだ、と合いの手を入れた。
といっても、さすがにただの魔物なので言葉までは持ち合わせていないのだが。
所詮は魔物と高を括って無意識に無視していたバエルが、ようやくそれを改めて見やって、ほぅ、と感心した声を上げた。
「随分と強そうなものを創ったようだ。魔王陛下には珍しい」
どれかの種族が一人勝ちすることのないように実力が拮抗するように心がけていたルーファウスには、確かに珍しい。
そんな感想に、ルーファウスはくっくっと笑った。
「欲しけりゃカズマと仲直りをすることだな」
「……誰だと?」
「カズマだ。アウルの今の名だな。あれらの素案を描いた生みの親のようなものだ。
あれらが母と慕う相手だからな、その人を苛めるような奴には従わんと思うぞ」
本気で欲しいと思っていたのか、バエルはチッと舌を打った。
「あんな人間ふぜいと」
「そのうち地底の魔物はすべてカズマの子になると思うが、良いのか? そんなことを言って」
「魔の創造主にあるまじき言葉だ。耳を疑う」
「そうか?
彼が素案を描き俺が実体化するんだ。夫婦にふさわしい共同作業だろうが」
どうやら自分の発した言葉の響きに感動しているらしい。
魔王という肩書きに似合わずうっとりと夢心地な表情になったルーファウスに、バエルは頭を押さえて呆れたように溜息をついた。
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