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 しばらくじゃれあっていると、そのうちの一匹がふと巨大な扉の方を警戒しだした。
 喉で唸り声を上げ、力強い足で踏ん張り、翼を立てて臨戦態勢をとる。
 そのうち、他のグリフォンたちも和磨とルーファウスを背後に守るようにして身構えた。

「え? どうしたの?」

 何が起きているのかわからない和磨は戸惑いながらも数歩分後ずさり、近寄ってきていたルーファウスに抱き留められた。

「大丈夫だ。心配ない」

 そりゃまあ、魔王にかかればどんな相手でも心配は無用だろうが、と戸惑った和磨に笑いかけて、ルーファウスは声を張り上げる。

「随分と物騒な登場だな、バエル」

 名を聞いて、相手に思い当たる。
 将軍という二つ名を持った最上位魔族のうちでまだ会っていなかった最後の一人だ。
 しかし、まだ開かない扉の向こうにいるのか、姿が見えない。

 扉といってもその距離は随分とあって、直線距離で百メートルを下らない。
 その相手に対してルーファウスの声は普段とあまり変わらない声量で、届くはずはないのだが。

 和磨が不思議に思っていると、グリフォンたちが注目している何もないはずの空間から声が返ってきた。

「他の者どもが警戒しなさすぎなだけだろう。
 異邦人が魔王陛下の寝室に直接現れたというから大急ぎで馳せ参じてみれば、行方不明の戦天使殿ではないか。
 何故警戒せずにいられるのか、理解に苦しむ」

 声はすれども姿は見えず、それ以上に聞き捨てならない言葉だ。
 行方不明の戦天使といえば、魔王ルーファウスの恋人のこと。
 姿を見せないバエルの言葉を信じるならば、異邦人である和磨本人がその戦天使であるということになる。

 真偽を問うようにルーファウスを見やった和磨は、その困り顔に事実だと思い知らされた。

「……本当に?」

「あぁ、間違いない。六枚の白翼を広げた姿も見たからな」

「……生えてないよ?」

「水が苦手なのさ。温泉で目が覚めただろう?
 身体の汚れを取り去るくらいは造作もないが、翼を隠すには水につけるのが一番だ」

 抱きしめたまま弁明するような説明をするルーファウスに、和磨はショックというより戸惑いで動けず、身を預ける。
 この世界に飛ばされてきて、一番の衝撃だ。
 それが本当だというのなら、和磨はそもそも元の世界でこそが異邦人だったといえるのだから。

 ショックを受けて顔面も蒼白な和磨に気の毒そうな視線を向けて、ルーファウスはさらりと柔らかい髪を手に絡めて頭を撫でる。
 子供を宥めるような仕草だった。

「自然に思い出すまでそっとしておくつもりだったんだ。
 バエルめ、余計なことを」

「本人を前にして悪態をつこうとは、神経を疑うぞ、魔王よ」

「その言葉、そっくりそのまま返してやる」

 前に、も何もその姿は相変わらず和磨の目には映らないのだが。
 姿の見えない相手と言い争うルーファウスに、他人の喧嘩は落ち着くきっかけになるようで和磨が小さく笑った。
 まるで子供の喧嘩だ。

 和磨が笑ったことで、ルーファウスの意識は自然と和磨に向かう。
 そもそもその姿を見ることのできない相手がいる場所で姿を見せる努力もしないような非協力的な者の相手を、いつまでもしている理由がルーファウスにはない。
 それよりも、恋人と認識する愛しい人の機嫌を上向けることの方が重要な任務だ。

「天上世界に連れ戻されて俺とのことを忘れさせるために殺されたところまではわかっていた。
 だが、その後の消息が不明でな。
 最上位天使ともあろう人が存在を消滅させるはずもなく、そんなことになっては天地のバランスが崩れるのだからどこかにはいるはずなのだが、居場所がわからない。
 それでずっと探していたんだ」

「リュシフェルを、でしょう?」

「拘るか?
 俺はむしろ天使でなくなってくれた方がありがたいんだが。
 カズマのままで良い。その性格でそこにいてくれればそれで良い。
 記憶や力は失っても、お前は変わらずお前のままだ。
 俺はまた戻って来てくれたお前を改めて愛するだけさ」

「ただの人間なのに……」

「そこは議論の余地があるな。
 今日生まれた魔物どもが母と慕う相手をただの人間とは言えんだろう」

 魔王とは傍若無人なものと思い込んでいた和磨にとって、ルーファウスの包み込むような優しさが胸にしみこむようだ。
 和磨の疑問と疑念と戸惑いをすべて受け止めて、真綿で包むように守ってくれる。
 以前は恋人だったかもしれないが、今は姿も声も知識も力もまるで別人なのに、どうして断言できるのか。

 言い返せずに押し黙った和磨は、ともかく気持ちを落ち着けるために深く息を吐き、抱きしめるルーファウスを押し返した。

「ごめん。少し考えさせて」

 やはりそう簡単には受け入れられない和磨にそう請われてルーファウスも頷いた。
 気持ちは良くわかる。世間一般に照らせば、随分と冷静についてきてくれている方だ。

「ベルゼブブを呼んだからな。俺の寝室を使うと良い。夕食には顔を見せてくれ」

「ん」

 いつの間に呼び出したのか、普段出入りする裏の戸口にベルゼブブが姿を見せる。
 力なくゆっくり歩く和磨を急かすことなく待って、その背を支えるように手を回して戸口の先に促したベルゼブブは、まだ姿を見せないバエルを一睨みしてから戸を閉めた。





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