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昼食の後は、これだけは今、と懇願するカイムに従って仮縫いされた衣装を何枚か着せられることになった。
身体のサイズに合わせてセミオーダーくらいならばモデルという職業柄経験があるので、縫製者の要求を汲んで身体を動かし、きつい所やゆるい所を説明する。
マネキンの協力のおかげで随分と早くに調整ができ、針だらけの布の束を抱えてカイムも退出していくと、玉座の間には和磨とルーファウスの二人だけが残る。
食卓になっていたテーブルと六脚の椅子をさっと空気を撫でて消し去ってしまうのは、魔力を自在に操る魔王ならではで、和磨は素直に感心の声を上げて手を叩いた。
ようやく魔法らしい魔法を目撃した気がするのだが、そこは気にしないことにする。
白一色に戻ったホワイトボードとペンを渡されて、和磨はそれを受け取り、午前中と同じように床に座り込んだ。
「机はいらないのか? 描き難そうだが」
同じことは午前中にも訊いていて拒否の返答を得ているのだが、やはり気になって再度確認してみる。
和磨からは変わらず「いらない」という返事だ。
実際、今までこの体勢が楽で続けているのでまったく苦にならないのだ。
眼鏡でも矯正しきれない乱視のせいでこのくらいの近さがどうしても必要だったので、机に懐くと姿勢が悪くなるということもあり、自分で近さを調整できる膝の上が丁度良かったのだ。
目が治ってもその癖はすぐには抜けない。
次は何を描こうかと少し悩んで、和磨はまたペンを走らせる。
またもや獣の輪郭だ。
「次は何を描くんだ?」
ペンに迷いがないので、すでに和磨の頭には完成図ができているのだろうと判断して問いかける。
すると、和磨は目も手も休めることなく簡潔に答えを返した。
「魔物っぽいのが良いかと思って。グリフォンだよ」
猫科特有の丸っこい身体にふさふさのたてがみをもつ獅子の姿を描きながらの返答で、それはどんな生き物なのかまだ見当がつかない。
しかし、和磨が熱心に描画中のため邪魔もできず、ルーファウスは諦めて和磨のそばから少し離れた。
離れるといっても部屋を出て彼を一人にするのも忍びない。
そのため、ルーファウスは玉座に腰を下ろして肘掛に片肘をつき、それを頬杖にして和磨の作業をじっと見守ることにした。
斜め後ろから俯き加減の彼の顔を眺めていて、ルーファウスは改めて感慨深い思いで溜息をついた。
見れば見るほど不思議に思えてくる。黄味がかった肌も漆黒の髪も、この世界にはない色だ。
それなのに違和感がないのは、彼にその色がよく似合っているせいだろう。
ルーファウスの良く知るその人とは、外見的な類似点はまったくない。
だが、ルーファウスは確信が持てるのだ。間違いない、と。
和磨の絵は、またもや翼ある獣であったようだ。
獅子の背に猛禽類を思わせる翼が生えていて、大空を力強く舞っている。
その尾が途中から毛ではなく鱗に覆われた蛇の頭になっているところが確かに魔物的だといえる。
それにしても躍動感溢れる絵だ。
いつまでも眺めていても飽きそうにない。
どうやらペンに慣れたらしく一回目の半分の時間で描き上げて、和磨はルーファウスを振り返った。
「できたよ」
艶やかな黄金色の毛並みに同色の翼、黒光りする蛇の鱗まで丁寧に彩色されたそれは、この短時間で描かれたとは思えない仕上がりだ。
「随分と雄雄しいな」
「天の門番だよ。魔の侵入を防ぐ役目があるから猛獣の姿をしているんだって」
「聖に属すのか、このナリで」
三つの生き物を組み合わせた異形の生き物は、それだけでも魔物にしか見えないのだが。
その力強い姿は、こんなものが天上世界にいなくて良かった、と思えるほどだ。
「他の魔物に比べて強さのバランスが難しいな。数を減らすか」
先ほどの天馬と比べての力の差は歴然で、和磨もその判断に異論はない。
そういえば本当のグリフォンは鷲の頭だったかな、と思い出した頃には、すでにルーファウスの手で創り出されたところだった。
天馬同様和磨を母と思っているようで、雄雄しい外見にそぐわない猫科らしい甘え方で和磨に擦り寄るので、またもや揉みくちゃにされてしまう。
穏やかな気性らしく弱い相手を気遣う心を持ち合わせたグリフォンたちは、和磨に甘えるのにも適度な力加減だった。
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