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 二人の会話は放っておいて、抱えてきた機械を床に置いて簡単に動作設定を終えたベルゼブブが、そこに割り込んできた。
 寄越せと言いたげに手を差し出しながら要求を口にする。

「ボードを貸してください」

 請われて手に持っていたボードをその手に渡しながら、ルーファウスはベルゼブブが持ってきたものを見下ろした。
 縦に長いその機械は、吐き出し口から少し紙片を覗かせていて、ロール紙を内蔵した印刷機だと知れる。

「またデカイのを持って来たな」

「二階の周遊回廊が殺風景で困っていたんです。
 今いる魔物たちも是非描いて頂いてください、陛下」

 どうやら、絵画鑑賞の趣味などなさそうなベルゼブブをしても殺風景だと言わしめるその回廊に、和磨の描いた魔物たちの絵を飾ろうという魂胆であるらしい。

「カズマは嫌がりそうだが」

「そこを上手く伝えるのが陛下のお役目でしょう」

「おいおい……」

 意外に歯に衣を着せないタイプのようで、さらっと大役を押し付けられてルーファウスは苦笑を返した。

 そうしている間にも、ベルゼブブは手に受け取ったボードを印刷機の差込口に立て、機械についた出力ボタンをプチッと押した。
 端切れが切り落とされ、和磨が描いたそのままが紙に印刷されて出てくる。
 フチなしで出力されるその絵は写真印刷のように鮮やかだ。

 最後にカッター音がして余白なしにボードそのままのサイズで出力されたものを、ベルゼブブは印刷面が内側に来るように丸めた。

「今日は他にも描かれますか?」

「あの様子じゃ午後になるだろうがな。
 そこに置いておけ。印刷しておいてやる」

「では、お願いします」

 玉座の雰囲気にはマッチしないそれを椅子の下に隠すように置いてベルゼブブが遠慮なく託して寄越すのを、ルーファウスは頷いて引き受けた。

 ホクホク顔で部屋を出て行くベルゼブブを見送って、アスタロトは少し呆れたように苦笑と共に溜息を漏らす。

「ベルゼはほんにカズマが気に入ったのだのぉ」

「……妬くなよ」

「ふん。それが見当違いなことくらい、よくわかっておるわ。
 アウルは陛下のものじゃ。この地底ではの」

「その名を口にするな」

「本人には聞こえておらぬよ」

 本人には、と言いながら、アスタロトの視線は和磨に注がれる。
 その目つきが悲しそうなのは、和磨が和磨としてここにこうしている理由を事態の発端から目の当たりにしてきたせいだろう。

「それで、いつまで誤魔化しておくつもりなのじゃ?」

「できることなら、自然に思い出すまで見守ってやりたいところだが」

「それは無理じゃろうて。
 城内に匿っておけば天からの干渉も防げようが、いつまでも閉じ込めてはおけまい?」

 この世界に慣れるまでは外へ出る余裕もないだろうが、広いとはいえ限りがある。
 確かにこの地底世界は魔王そのものと言える世界だが、それはこの世界全体に目が行き届くだけのことで、腕はその両腕以上には伸びないのだ。
 どこにいても助けられるのなら、そもそも恋人を奪われたりなどしなかった。

「自由にはさせてやりたいのだよ」

「なれば、陛下の方から近くについて行くしかないの」

 魔王ともあろう人がたかが人間の尻を追いかける真似をするのはどうなのか。
 とはいえ、他に方法がないのも事実だ。
 相手の行動を制限したくないのなら、相手の行動に合わせるしかない。

「早う思い出してくれると良いのぉ」

「辛い記憶を思い出させるのは心苦しいからな。難しいところだ」

「辛くとも、記憶がないよりはマシじゃろうて」

 双方ともに、相手の言い分は理解できるのだ。
 だからこそ、どちらがより正しいかを判断するのは実に難しい問題で、二人は顔を見合わせて深い溜息をついた。





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