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「創造主というと天上世界の聖王を示す事が多いがな。
俺もまた地底世界の創造主だ。
地上では当然ある誕生という営みは、天上世界にも地底世界にも存在しない。
生き物は須らく生殖機能を持たず、老化も自然死もない。殺されれば死ぬけどな。
それは植物なんかも同じだ。種子は存在せず、すべて株を分けることで増えていく」
つまり、精子と卵子が受精する、という営みがないということだ。
植物は生命力が強いため、一部を切り離して植え替えることで個体数が増える。
しかし、心臓を持つ生き物は心臓一つに対して生き物一体しか存在しえず、心臓は分ける事ができないため、個体数を増やすには創造主の力が必要だ。
「といっても、手がかかって面倒くさいからな。
生殖活動できるように、男女に分けて性器もつけて生み出すのさ。
成功した事例は今のところないけどな」
だから生真面目な聖王に創られた下位天使は性別がない、とあっさり明かされて、和磨は目を見張った。
確かに天使は両性具有もしくは無性別というのが通例だが、まさかそんな理由であったとは。
これは、元いた世界に知られていた天使が無性別なのもきっと同じ理由だと予想がつく。
「でも、どうして下位だけ?」
「上位以上の天使は聖王の写し身だと言われている。そのせいだろう。
聖王は男だからな」
天上世界の創造主を聖王と呼び捨てるのは、ルーファウスもまた同じ身分だからだ。
ふん、と嘲笑うように鼻を鳴らして笑ってみせる。
「天上世界はつまらないぞ。生き物といえば天使しかいない。
天使は光合成をするから物を食う必要もないからな。
植物も緑の薄い草の一種類だけだ。
あとは、家か。それも個性のない横一辺のものだから目新しさがない。
あんな世界で天使どもは何が楽しくて生きているのか、さっぱりわからん」
「それはつまらなそう」
性別がない、もしくは男のみということは、人と恋愛する必要がない。
官舎のような団地のような家ばかりでは、あまりに無機質だ。
植物を育てる楽しみも、たった一種類では面白みに欠ける。
どうやら娯楽という概念がそもそも存在しないようだ。
その世界しか知らなければ違和感もないだろうが、目に痛いくらいに多様性を持つ世界からやってきた和磨には耐えられそうにない。
「あれ? でも、じゃあ、神獣とかはいないの?」
「シンジュウ?」
「うん。聖に属する獣」
「獣は基本的に魔か地上の生き物かだな。理性に欠け本能で生きる者は聖者に値しない」
理性を失した行動を取る人間をケダモノと呼ぶ事が多いが、その意味でのみ獣を捉えているということだ。
それは知恵を持たない分純粋だ、とはならなかったらしい。
獣を知恵を持たない無垢な生き物と捉える見方も知っている和磨には、どうにも天上世界の考え方が理解できなかった。
そちらにはそちらの言い分があるのだろうが。
「そっか。ペガサスとかユニコーンとかいるかなって思ってたけど。いないんだ」
「具体的に教えてくれるのならば、何でも創ってやるぞ」
魔王が創りだすのだから魔物に属することにはなるが。
そう言われて、和磨はまじまじとその顔を見つめてしまった。
どうにも、魔王と創造主をイコールで結べないのだ。
「教えるって言われても……」
「特徴を教えてくれても良いし、絵に描いてくれればなおわかりやすいな。
そろそろ案が尽きてきたから新しい生き物が欲しいところだったんだ」
気に入ったものには執着するが飽きっぽい、人間のような性格のルーファウスの言い分に、和磨は少し困って「ん〜」と唸ったが。
「紙と筆でもあれば、描くよ」
「ホワイトボードとペンでどうだ?」
「って、そんなのまであるんだ、この世界!?」
まったく文化レベルが把握しづらい世界だ、と和磨は驚いた。
そういえば、古風な石造りの城なのに風呂場の入り口は和磨に馴染みの深いステンレスにガラスをはめ込んだ扉だったり、基本的にランプの明かりだけのはずだが不思議とその光量以上に物が見やすかったりして、意外に不便のない住環境なのだ。
これでどうだ、と手渡されたのは、見覚えのある光沢を持った白い板と赤青緑の三本のスライドとスイッチがいくつかついた太いペンだった。
ボードはともかくそのペンは初めて目にするもので、思わず手の中で見つめてしまう。
和磨の背後に回って髪を結いながら、魔王はふっと笑った。
「今は滅びた古い文明の遺物でな。彩色ペンという。
光の三原色は知っているか?」
「うわ。じゃあこれ、色が作れるの?」
いくらなんでも光の三原色を混ぜ合わせて色が作れるのはコンピュータの世界だけだった和磨の認識からすれば、かなりのハイテク技術だ。
「その板にしか書けないがな。光を実体に移すことはいくらなんでも不可能だ。
その特殊なペンに反応する粒子が板の表面に貼られているらしい。
板の裏にスイッチが二つあるだろう?
一つは保存、一つは全消去だ」
保存ができるということは、外部記憶装置にデータを移動することも可能なのだろう。
単体動作可能なペンタブというわけだ。
ペンの方のスイッチを良く見てみれば、その使用法を示しているらしい記号が描かれていた。
そのうちの一つは消しゴム機能のようだ。
小説は読む専門だが、中学からの女友達の同人誌にイラストを寄稿するくらいには絵描き好きだった和磨の創作意欲を、この上なく刺激する一品だ。
目を輝かせて手をむずむずさせている和磨にルーファウスはくすりと笑い、ひとまず隣の部屋へ促した。
「後で好きなだけ描かせてやる。
まずは食事にしよう。腹が減っているだろう?」
ベッドを降りて先に寝室を出て行くルーファウスを追って、和磨はストールをさらりと肩に掛けるとボードとペンを抱えて扉を出た。
新しいおもちゃを手放そうとしない子供のような仕草に、ルーファウスは大いに和まされていた。
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