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目が覚めて、むく、とベッドの上で起き上がり、和磨は前方をじっと見つめて呆然としていた。
起き上がったことで羽毛布団が捲れ、今朝は隣でまだ眠っていたルーファウスも気付いたのだろう。
そもそも眠る必要もないルーファウスだ。寝起きとは思えないはっきりした声で背を向ける和磨に声をかける。
「おはよう、カズマ。良く眠れたか?」
隣ですやすやと穏やかな寝息を立てていたのは知っているルーファウスは、否定の返事があるとはそもそも思っていなかった。
しかし、返事がないことも想像しておらず、起き上がったはずの彼から返る声がなくて訝しむ。
「カズマ?」
同じく起き上がり、顔を覗き込む。
相変わらず和磨は呆けたように前方を見つめるのみで、視界の中にルーファウスが見えているはずだが反応がない。
そっと肩に手を置くと、ようやく気付いた和磨は驚いて身をのけぞらせた。
「え、な、何?」
「……そんなに驚くな。おはよう、と声をかけただけだ。
どうかしたか?」
ルーファウスの魔王らしからぬ穏やかな声色が和磨を落ち着かせてくれる。
抱き寄せられて、素直に身を預けた。
「……変な夢を見た」
「変な夢?」
「そう。
真っ白な世界で、空だけが妙に青くて、翼がたくさん生えた天使が二人喋ってるんだ。遠征がどうとか理がどうとか」
「ほぅ。その天使、名前は……」
「ミカエルとリュシフェル。
ってか、この世界では最上位天使の中でも一位と二位だよね?
何で俺がそんな夢を見るんだろ?」
それは、あまりにも突拍子がない。
何の接点もない別の世界からやってきた異邦人が、しかも現在地底世界で世話になっておいて、何故天使の夢を見るのか。
「それはお前がただの異邦人ではないということだろう。
一体何の意思が働いたか知らないが、理由があってこの世界に引っ張られたということだな」
「理由?
平凡な普通の高校生なのに?」
確かにモデルの仕事をするくらいには整った容姿をしているが、反対に言えば日本国内の数冊の雑誌に収まる程度。
ぶっ飛んだ趣味はあるが特技も特にない。
そんな十七歳男子高校生を異世界トリップさせる理由など、偶然以外にあるものか。
「その理由が何なのか、何故カズマなのかは、そのうちわかるだろう。
事がすべて済んでから振り返って、あれがそうだったのだとわかることもある。
俺は気に入った餌がそばにあればそれで良いからな。
気にせずここで暮らせば良い」
この地底世界にありながら天使の夢を見た和磨のことは気にする様子もなく、ルーファウスはそう宥めて優しい仕草で寝癖のない髪を漉いた。
「さて、服を着て朝食にしよう。アモンが先ほど何やら持って来ていたぞ」
そういえば、ルーファウスの食事に付き合ったまま眠ってしまったため、二人ともまだ裸のままだ。
肌を晒したまま身を預けていたにも関わらずようやく意識したようで、和磨は今更に顔を真っ赤にして布団の中に潜り込んだ。
急に恥ずかしがる和磨を見て楽しそうに笑い、ルーファウスは身を隠すこともせずに堂々とベッドを降り、昨夜のうちにカイムが遣していた和磨の服と自身の着替えを手にとって戻った。
「張り切るかと思ったが、随分簡単な造りの服を用意したのだな。
カイムめ、よほどカズマが気に入ったと見える」
昨日と同じざっくりした服と今日は臙脂色のストールを渡された。
七部袖で裾と袖口に布と同色の糸で細かな刺繍が施されていて、造りは簡単でも手の込んだ一品だ。
和磨の好みを考慮してくれることといい、細かいところに気を使うところといい、随分気に入って貰えているのがわかる。
「どうしてだろう。普通の人間なのに」
「そう言って控えめな態度を取るのが好ましいのだろうさ。
服を着たらまた髪を結ってやろう。今日は赤だな」
上から被るようにして首を出した和磨の目に、ルーファウスがひらりと手を翻して宙から取り出したようにリボンを取り出したのが見えた。
両ふちに金の刺繍を施した真っ赤な繻子のリボンだ。
しかし、一体どこから取り出すのか。
思わず和磨はルーファウスのその手を見つめてしまった。
ベリアルも同じことをしたが、あれは彼が持っていると事前に知らされていたため瞬間移動だろうと想像できた。
だが、このルーファウスが色とりどりのリボンをあらかじめどこかに用意していたとは思えないのだ。
和磨に見つめられて、その視線の先が自分の手だと気付いたルーファウスは、何故か微笑ましげに目を細めたが。
「不思議か?」
「うん。どこから出してくるの?」
「この場で創り出している。
創造主だからな。イメージが固まっていれば、有機物も無機物も自由自在だ。
ただ、曖昧なまま創ると曖昧なものが出来上がるからな。
以前服を創ってみたらよれよれのものが出来上がって、カイムに禁じられた」
「……創造主?」
ルーファウスをこの世界を治める王と思い込んでいた和磨は、その言葉に再度首を傾げた。
服をしっかり着込んだ和磨に背を向けるように指示をして、ルーファウスは頷く。
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