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 痛みが引くのを待って目を開ける。すると、世界の半分が劇的に変わっていた。
 両目の視力の違いのせいで遠近感は気持ち悪いくらいにぐにゃぐにゃなのだが、目薬の未点眼な方の目をつぶってみれば、目に入る花も葉も雲も、すべてが鮮明だった。
 眼鏡をかけた時よりも良く見える。

「そら、もう片方もだ」

 声をかけられてベリアルに視線を戻す。
 待ち構えていたベリアルから目薬を落とされて、またもぐっと目をつぶった。

 二度目になると痛みにも慣れるようで、和磨は目薬が目の奥に行き渡ったのを確認して、少し早くに目を開けた。

 今度こそ、和磨の視界に映る世界がガラリと色を変えていた。

「……スゴイ」

「だろう?」

 えっへん、と自慢げに胸を張るベリアルに、和磨は素直に頷いた。
 何しろその視界の広さと色の鮮やかさは、それこそ和磨の知らない世界だ。
 ある意味、異世界トリップよりも感動的だった。

「さぁ、その良く見える目で俺の自慢の庭を存分に楽しんでくれ」

 さぁさぁとかなり積極的に促されて、和磨はようやく立ち上がり、改めて庭を見回した。
 それぞれ濃さの違う緑に色とりどりの花が咲き乱れ、石畳の道の脇を小さく可憐な草花が彩っている。
 きちんと整備された庭はそれだけで見る者の目を和ませた。

 すっと横に立ったのが深紅の髪の持ち主であることに目の端で気付いて彼を見上げる。
 慈しむように優しい視線で見つめられて、和磨はふわっと頬を赤らめた。

 確かにベッドで間近に見た顔なのに、その時ですら少しぼやけて見えていたのがわかる。
 男らしい端正な顔立ちに意志の強そうな太い深紅の眉、薄めの唇は優しく緩んでいて、外人のように高い鼻の鼻梁の脇に並ぶ目は瞳の濃いワイン色を暁色が囲んでいる。

 見つめたら、見蕩れてしまった。今更なのは自覚しているが、男としての色気満載な男だった。
 男色と言い切れるほどではないが、男も女も特に気にしない和磨にとっては魅力的過ぎるほどに。

 見詰め合う二人に焦れてバタバタと地団駄を踏んだのはベリアルだった。

「他人の庭でイチャイチャすんなっ」

 その声にはっと我に返って和磨は恥ずかしそうにそっぽを向き、ルーファウスはニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。

「妬くなよ」

「妬くわっ! 見せ付けやがって!!」

 格上相手なのも気にせずガウッと噛み付くベリアルに、自分が邪魔者なのだろうと察して、和磨は二人の間に挟まれている自分を退かすために足を引いた。
 が、身体が動く前にベリアルの小さな身体が抱き付いてきた。

「魔王に愛想尽かしたらいつでも俺んとこに来いよ、カズマ。
 俺が絶対にお前を守ってやる」

「ほぅ、大きく出たのぅ、ベリアル。おぬし、敵うと思うておるのか?」

「惚れた奴を守るためなら命もかけるさっ」

 ふん、と鼻息荒く宣言されて、和磨は驚いた。
 それはつまり、ベリアルとルーファウスの仲を和磨が引き裂いているのではなく、ルーファウスに守られている和磨にベリアルが横恋慕しているという構図を示す内容だった。
 会って半日も経たないベリアルがそう言うのだから、一目惚れに近いのだろう。

 魔族にそんなにも好かれる自分を、和磨は改めて振り返って不思議に思った。
 餌として、という以上に、誰も彼もが気を使ってくれる。
 魔王の加護があるせいだと思っていたが、はたしてそれだけなのだろうか。

 困ってルーファウスを見上げれば、彼は肩を竦めて返し、自分の物だと主張するようにその肩を抱いた。
 見ていてチッと舌打ちするベリアルは、気を取り直して一同の前に立ち、改めて胸を張る。

「この庭を一番綺麗に鑑賞できる場所に連れて行ってやる。見て驚けよ」

 こっちだ、と先導して庭の奥へ向かうベリアルを、三人がゆっくり追いかける。

 それぞれに思うところがあるのだろう。
 だが、自分の置かれた立場がただ魔王の餌であるというだけではないような現状を改めて感じ取ってしまった和磨は、ただ混乱するより他になかった。





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