12
『魔王城』と上位以上の魔族に呼ばれているこの城は、確かに広かった。
魔王の寝室が奥まった場所にあることも理由ではあろうが、それにしても広い。
のんびり歩いていると城内探検だけで丸一日費やせるというからその広さは驚くべきほどと言って間違いではない。
ちなみにそれは、建物の内部に限ってのことだ。
城の敷地に数えられる広大な森と点在する離宮を合わせれば、端から端まで一直線に歩くだけで同じく一日かかるという。
その点在する離宮のうち城の東に位置する中で最も近い離宮が、ベリアルが薬草の栽培と引き換えに貰い受けた屋敷だ。
本来ベリアルの許可がなければ最上位一位の魔族である将軍バエルですら入れない場所だが、元々の持ち主であるルーファウスだけは出入り自由が許されていた。
許すも何も拒めないだろ、とベリアルは反論するのだろうが。
この屋敷の裏庭が目指していた庭だ。
城中の中庭もベリアルの作でありそれなりに鑑賞に堪えるものだが、この離宮に作られた庭は別格なのだ。
屋敷には寄らずに直接庭に出ると、石造りの門をくぐったところで和磨は思わず足を止めた。
擬似太陽に照らされた薄暗い地底世界とは思えない眩しいくらいに明るい空間がそこにあった。
目に鮮やかな多種の緑に色とりどりの花が咲き乱れ、芳しい香りを伴って見る者の目と鼻を楽しませる。
その百花繚乱の迫力に気圧されてしまった。
思わず目を細めて睨みつけるような顔になった和磨を見下ろして、ルーファウスは首を傾げた。
「どうした。気に入らなかったか?」
「……え?」
気遣うように問われて、和磨は不思議そうな表情でルーファウスを見上げた。
それが、何故そんなことを聞くのか、と無言ながら問い返しているのにきづいたのだろう。
ルーファウスは困ったそぶりで肩を竦める。
「いや、睨んでいるようだったからな」
「あ、うわ、やっちゃってた?
違うんだよ。近視と乱視が酷くってさ。
普段は眼鏡をかけてるんだけど、寝てる間にこっちに来ちゃったから元の世界に置いたままなんだ」
「ほう、目の病か」
「いや、病気ってほどでは……」
心配されるほどのことではない、という認識から、和磨がパタパタと手を振る。
それを病気扱いされるということは、この世界に近視の人はいないのか、ということでもあるのだが。
アスタロトも心配そうな顔つきになって和磨の顔を覗き込んだ。
「それは、今までよく不便でなかったのぅ」
「周りの人がすごく甲斐甲斐しく手伝ってくれたから、眼鏡がなくて困ったのって階段を降りる時くらいだったんですよ」
それも、おっかなびっくり手摺りにしがみつくように降りる姿を不憫に思ったルーファウスが抱き上げてくれたため、たった数段のみの間のことだった。
「何だ、目のせいだったのか。
下り階段にトラウマでもあるのかと思ったぞ」
「トラウマまではいかないけど、それなりの回数階段落ちしてるから、妙に慎重になっちゃうんだよ。
眼鏡があっても遠近感怪しくて」
段の端に滑り止めがついた階段なら段の境目がわかるので何とか降りられるのだが、目印の何もない石段などは本当に危険だ。
「それは、上り階段もか?」
「上りの場合は壁面が見えるから大丈夫。
わざわざ光を向けてホワイトアウトさせない限り、多少影ができるから色が違うんだ」
近視の人間の視界など今まで気にかけたこともなかったのだろう。
ほぅ、と興味深げに相槌を打って返してくる。
その間、アスタロトは何かを探しているようだった。
「おらぬのぅ。どこへ行ったか」
「ベリアルか」
「うむ。目薬となる花はわらわにもわかるが、そのまま点眼したのでは人間の目にかえって良くないのじゃ。
あやつが精製した目薬が良いのじゃが、在り処はあやつにしかわからんでの」
「ふむ、なるほど。
ならば少し待て。探してやろう」
なおもきょろきょろするアスタロトを右の手を差し出して制し、ルーファウスは空を見上げた。
濃い赤紫色をした空は、それでも雲がまばらに浮かんだ良い天気だ。
地上の太陽と同じ運行をするという擬似太陽は頂点に近い位置にあり、もうすぐ昼時であることを示していた。
もちろん、食べたばかりで量も多かったので腹は減っていないのだが。
「あぁ、いたようだ。屋敷から外に出てくるところだから、そのうち顔を見せるだろう」
さすが、この世界そのものといわれる魔王だ。
どこにいて何をしているのかまで把握されるならば、どこに隠れても無駄ということである。
改めて、自分が出会ったその相手は規格外だと和磨は実感するに至った。
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