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 あやつもそろそろ顔を見せる頃だの、と締めくくって、アスタロトはようやく冷めてしまったお茶に口をつけた。
 話をしてくれているアスタロトをじっと見つめて聞いていた和磨も、その行動のおかげでお茶の存在を思い出し、ティーカップに手を伸ばした。

「何か疑問があるか? 遠慮なく問うと良い」

 何でも答えてくれそうな勢いでご機嫌なアスタロトに、和磨は一気に詰め込まれた知識を整理するだけで精一杯で何も答えられなかったが。

 同じソファセットには、食器を片付けて暇ができたアモンと着るものを持ってきてくれると言っていたカイムが二人仲良く肩を並べて座っていた。
 彼らが座る三人掛けの他に一人掛けのソファが二つも空いているので、アモンとカイムは好き好んで寄り添っているのだとわかる。

 和磨が疑問を投げかけて来ないので、代わりにカイムが手を上げた。

「最近天上世界から討伐隊が来ないだろ? このまま無くなんないもんかね」

「ふむ。いや、それはなかろうよ。
 今は陣頭を指揮する者が訳あって留守にしているがゆえに二の足を踏んでいるに過ぎぬ。
 そのうち態勢を立て直してやって来るであろうよ」

 ちぇっとつまらなそうに舌打ちをするのは、つまりカイムにとって天上世界からやって来る討伐隊が気に入らないらしいことを示している。
 魔族といえど戦いが好きなわけではないのだ。
 それはアモンも同じようで、溜息を吐いて同調した。

 そんな会話を聞いていて、ようやく疑問を抱いた和磨がカイムを真似て手を上げる。

「その討伐隊って何でわざわざ別の世界にまで繰り出してくるんですか?
 天上世界から地底世界に来るなら、地上世界を通らないといけないでしょう?」

「あぁ、いや、地上世界を通過する必要はないのじゃ。
 位置関係は確かにそうなのじゃが、それは地上世界と行き来する門がその位置に存在するために名づけられた名で、あくまで別次元。
 天上世界と直接結ぶ門もまた、この世界には存在するのじゃよ」

 疑問の後半に答える説明をアスタロトが簡単にすると、その続きをカイムが無理やり引き取っていく。
 どうやらその討伐隊がとにかく嫌いで仕方がないようだ。

「討伐隊ってのは天使側から見た言い方で、こっちから見れば侵略みたいなもんなんだよ。
 っても、天上世界と地底世界ってのは表裏一体で実力が拮抗してるから、奴らにしてもそうそう深くまでは来られないんでほとんど灰汁取りにしかなってないし、こっちもやられた分の兵力は削ってやるからいつも痛み分けなんだ。
 天地の理からしてそれが当たり前なんだから、無駄な抵抗はやめて放っておいてくれれば良いのによ」

「門番は討伐隊が来るたびに追い返しに行かなくちゃいけないから、僕たちにはとにかく迷惑なだけなのさ」

 カイムが先に怒ってくれるから、反対に怒りきれずに苦笑いをするアモンがそう補足を加えてくれる。
 聞けば納得の迷惑さで、しかし和磨には実感も湧かず、ふぅん、と相槌を打つのが精一杯だった。
 ただ、天使側の理由が不明でもう一度訊き直す。

「天使たちには、討伐に来なくちゃいけない理由が何かあるんでしょう?」

「天使ってのは上位魔族以上にとっては美味い餌だけどな。
 天上世界への門はこちらからは閉めっぱなしだから、向こうから迷い込んでこない限り味わえない貴重品だ。
 天使側にしてみれば自分が餌になる恐怖はあるかもしれないが、そもそも迷い込んでくる方の自業自得だし、下位の魔物にとっちゃ害にしかならない相手で餌にもならねぇ。
 灰汁掬いしてる限り、天使のやることにその理由はあてはまらねぇな」

 だからこそむかっ腹が立つ、と憤慨し続けるカイムを、アモンもアスタロトも取り成しもせずに頷いて見守っているから、それは少なくとも最上位魔族の共通認識なのだろう。

 基本的に、天使を善とし魔物を悪と明確に分ける物語を読んでいた和磨にとって、魔族視点の言い分が正当性のある理解できるものであることに多少驚いたものだが。
 物語のようにはっきり分けられるより、双方に言い分のあるこの状況が本来の姿であるのだろう。
 そうでなければ、理性のない獣の駆除ならともかく、こうして会話のできる種族を相手にした討伐などおかしな話だ。

 いつまでも怒っているカイムはそのまま放置して、アスタロトは改めて和磨に尋ねる。

「他には何かないかね?」

「えーと……。
 あ、そういえば、言葉。
 この世界の言葉って、日本語なんですか?」

「ニホンゴというものがどういう言語かわからぬが、おそらく違うのぅ。
 そなたが使っておる言語がそうなのであろう?
 そなたの口の動きと出る音が一致しておらん。
 こちらの三つの世界は使っている言葉はほぼ同じじゃ。方言はあるが、他言語というほどではない。
 時折やってくる異邦人はまずその言葉に苦戦するようじゃな。
 そなたの場合は、一番に出会ったのが魔王陛下であるからな、何やら術をかけてもろうたのであろうよ」

 言われてみれば確かにアスタロトも動く口と聞こえる音が合っていない。
 和磨が何らかの術によって翻訳しているようだ。
 大体の異世界トリップ物語は言語の壁が立ちふさがるものであるのだから、その苦労がないのはありがたいというべきだろう。

「魔法って便利ですね」

「この地底世界そのものである陛下に至っては、ほぼ無敵じゃな。
 ただし、反対にこの世界そのものであるからこそ、地上にも天上にも行けぬという制約があるのじゃがの」

 すべてに万能ということではないらしい。
 しかし、アスタロトの口調は何故か実感がこもっていて、和磨はなんだか不思議に思った。
 魔王ほどの人物が異世界に用があることなどなさそうなものだ。

「魔王様が地上や天上に用事なんてありますか? 部下に命じれば済みそうですけれど」

「わらわを含め最上位魔族にも太刀打ちできぬ相手に大事な物を奪われてしもうたことがあっての。
 彼の方自ら取り返しに乗り込んで行けたならその手に戻すことも可能であったろうに。
 その寂しさを埋めるために、仕事ばかりするようになってしまわれたのじゃ」

「それで、根回しを済ませて来いと?」

「その通りじゃな」

 その大事な物が何であったのかは黙されてしまったが、おそらくそれを奪ったのは天上世界の最上位天使かもしくは創造主なのだろう。
 最上位魔族が敵地に乗り込んで太刀打ちできない相手となれば、その候補は限られる。

 そんな相手に奪われた大事な物とは何だったのかも気になるところだが。
 余計なことを言ったと思ったのだろう。アスタロトは急いで話題の転換を図った。

「さて、そろそろ陛下もお戻りになられる頃であろ。着替えておいで」

「カズマといったよね?
 好みがわからなかったから、似合いそうな服を片っ端から持ってきたよ。
 寝室で好きなのに着替えてきて」

 はい、とどっさり渡されたのは衣類の山。受け取って、和磨は素直に寝室へと入っていく。

 残った三人は、それぞれに危ない危ないと呟いては胸を撫で下ろしていた。





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