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 実年齢はともかく外見年齢にはふさわしい子供っぽさで頬を膨らまし、自分に負けを宣告した老女にベリアルは拗ねたような声で抗議する。

「うるさいよ、魔女。年上の者としてわざと負けてやったんだ」

「おや、それは失礼したね。じゃが、ぐうの音も出ない様子だったが、わらわの気のせいだったようじゃ」

 それこそぐうの音も許さないような嫌味を放って、老女はまたもほほほと笑った。

 そんな二人の様子を苦笑を浮かべて見守っていたルーファウスが、和磨の耳元で教えてくれる。

「彼女はアスタロト。知識欲旺盛で、普段は書庫に篭っている。
 口さがない連中からは魔女などと呼ばれるが、学者か賢者がふさわしいだろう。
 それと、そこのちまいのがベリアルだ。これでいて園芸が趣味な奴で薬草を多く育てて使い方も良く知っているため、薬師と呼ばれている」

「ちまいとか言うなっ」

「これこれ。最上位魔族最弱の身で王に随分な口の利き方じゃな。後で鍛えなおしてくれる」

「げっ! 冗談じゃねぇ、この鬼ババっ」

 あくまでも口汚い台詞を直すつもりはないらしく、一体何をしに来たのか、ベリアルはバタバタと足音を立てて部屋を飛び出していった。
 捕まえる気もなかったようで、すぐ脇をすり抜けていった小柄な少年を見送り、アスタロトは苦笑を浮かべるのみだ。

「逃げてしもうたの。
 後ほどアレの庭を見に行くのであろう?
 わらわが責任を持って供を務めようぞ」

「耳が早いな、相変わらず」

「なに、ベルゼの奴が妙に機嫌が良いゆえ、問いただしてやったまでよ。アレの笑顔はほんに貴重じゃての」

 種明かしを受けて、和磨は目を丸くしてしまった。
 ベルゼブブといえば、先ほどまでここにいた無表情な宰相のことだ。
 その人が笑顔だったと言われても想像がつかない。

 それにはルーファウスも驚いていたが、やがて気を取り直しソファに座りなおす。

「それで、お前の用は?」

「うむ。そこな異邦人に食事の最中にでもこの世界の仕組みを少し伝授してやろうと思うての。
 王はしばらく公務をサボるつもりであろう? それなりの根回しを済ませてくると良かろう。
 アモンの料理は絶品じゃて、ご相伴に預かろうというわけじゃ」

「余計な気遣いを……」

「ほほ。ここ二十年ばかし、らしくもなく真面目に仕事なんぞにかまけておった罰じゃな」

 他人様に迷惑をかけるでないぞよ、などとおよそ魔族にふさわしくないからかいを受けて、ルーファウスはちっと舌打ちをした。
 一瞬和磨を確かめるように抱きしめて、腕を放し立ち上がる。

「食事が来たようだ。
 カズマ。俺はしばらくここを離れるが疑問があればなんでもそこのババアに聞いておくと良い。
 知識を他人に伝授することが何より好きな奴だ、些細なことでも嬉々として教えてくれるぞ」

「ババアは余計じゃ」

 まったくどいつもこいつも、と言いたい所だろう。
 ルーファウスの物言いに笑わされて、和磨は小さく頷いて返した。
 頬にキスを残して立ち去るルーファウスにはさすがに戸惑ったが、見ていたアスタロトには気にした様子がないことがさらに不思議だ。

 しかしそこを指摘するまもなく、ルーファウスと入れ替わるようにまた新しく見る人物が姿を見せた。
 何故か後ろ向きに入って来るので何事かと思えば、食器とその中身を載せたカートを引いていたらしい。
 二段のカートには色とりどりの料理を載せた皿が並んでいて、食欲をそそる良い匂いが鼻先をくすぐる。

 それをとりあえず和磨たちから少し離れた場所にあるダイニングテーブル脇に寄せて、ソファに座っていた和磨とアスタロトに手招きした。

「やぁやぁはじめまして。お腹が空いたろう? 作りすぎちゃったから、食べられるだけ食べておくれ。物をまともに食ってくれるお客さんなんて、今じゃメフィストくらいだからね。これから毎食楽しみだよ」

 ダイニングテーブルに食事を楽しそうに並べていくその人は、話にだけ登場していた料理好きのアモンであろう。
 着る物を用意してくれると言って早々にこの部屋を出て行ったカイムと同じ浅黒く焼けた肌に長い臙脂色の髪、ガーネットの瞳。
 カイムを色違いにしたようにそっくりな容姿だ。

 そこに用意しているのは、三人分のカトラリーと取り皿に、大皿に載った料理の数々だった。
 肉に魚にサラダにパンと、洋食チックな料理が並んでいる。

 和磨とアスタロトがアモンの邪魔をしない位置の椅子に座ると、アモンは最後にマグカップにカボチャの香りのするスープを注いで手渡してくれて、空いた席に腰を下ろした。

「さぁ、召し上がれ。口に合うと良いけど、後で感想を聞かせておくれね。お客さんには好きなものを食べてもらいたいから、好みの傾向が知りたいんだよ」

 口を開けば早口で一息に喋るところは、アモンの癖なのだろう。
 拒否することでもなく頷いて、和磨は手を合わせて少し頭を下げた。

「いただきます」

 アモンが先に食べ始めていたので祈りの言葉などの風習はないようだと見て、そこに置かれていた取り皿とフォークを手に取った和磨は、驚いた様子でこちらを凝視するアスタロトに気付いて首を傾げた。

「……な、何?」

 思わず敬語を忘れて問い返した和磨に特に機嫌を損ねるでもなく、アスタロトは問いかけに促されて反対に問いかけてくる。

「それは、そなたの世界の挨拶か?」

「……それ?」

「うむ。手を合わせて何事か呟いておったろう?」

 どうやら、それとは「いただきます」のことらしい。

「食材と作ってくれた人に感謝するっていう習慣みたいなものですよ。習慣というか、癖かな?」

「なるほど、ご両親の御薫育の賜物じゃの。なかなかに良い習慣じゃ。
 それでは、食後にも何かあるのかね?」

「同じように、ごちそうさまでした、って言いますね」

「ほほう。なるほどなるほど。ますます興味深い習慣じゃの」

 なるほど知識欲旺盛な人物だ。
 なるほどと何度も呟きながらアスタロトもフォークを手に取ったので、和磨はようやく目の前に置かれた葉物野菜とハムのサラダに手を伸ばした。

 しばらくはアモンご自慢の手料理に舌鼓を打ちまくり、ほとんど一心不乱に食事を味わう。
 食材こそ正体不明のオンパレードだが、味付けについては食べなれた味覚に近く違和感はない。

 随分と大量だった料理はそのほとんどがアモンとアスタロトの胃に収まり、和磨は普段どおり一人前の量を食べてフォークを置いた。
 手を合わせて「ごちそうさまでした」と頭を下げると、それを見たかったようでアスタロトがご満悦だ。

 食後のお茶をもらって一息ついて、ようやくアスタロトが口を開く。

「さて、ではわらわの用事に移ろうかの」

 それは、この世界の仕組みを教えてくれるというそのことだ。
 教わる側の和磨は姿勢を正して軽く礼を示すために頭を下げる。

「よろしくお願いします」

「うむうむ、良い生徒じゃの」

 満足そうに頷いて、アスタロトが話し始める。
 それを聞くつもりはないらしく、アモンはその横で食器を片付け始め、邪魔だから向こうへ行けとソファセットに追い出した。

 改めてソファにそれぞれ腰を落ち着け、ティーカップ片手の授業が始まった。





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