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 翌朝。
 和磨は誰もいない広いベッドで目を覚ました。

 見覚えのある室内インテリアはそれがルーファウスの寝室であることを示している。
 一緒に眠りについたはずのルーファウスの姿はそこになく、ぬくもりだけが残っていた。

 大きく取られた窓は、閉まっていたはずの厚いカーテンが開け放たれていて、窓も全開。
 その向こうには人が三人も立てばいっぱいになってしまうような小さなテラスが見える。

 空は微妙に紫がかった赤い色をしていて薄暗い。
 夜明け時か夕暮れ時かという光量で、だが不思議と周囲は良く見えた。

 窓の外を見やると、遠くの方が白くもやったように見えてピントが合わず、元の世界に眼鏡を置き去りにしていることを思い出した。
 酷い近視と乱視で、物の境界がぼやけて見えてしまうし、遠近感も頼りない限りだ。
 少なくともこの視力の状態では手摺りなしで階段を降りることはほぼ不可能である。
 段差のある場所がそもそもわからないのだ。

 ベッドを降りてみる。
 部屋の真ん中を大きなベッドが占拠している寝室の空いた空間には小さなテーブルセットが置かれていて、その椅子には昨夜ルーファウスが身に纏っていた浴衣のような着物構造の服がかけられていた。
 ルーファウスの物より多少小さめのサイズで色も違うので、これは自分のために用意されたものかな、と首を捻った。

 何にせよ、現在の一糸纏わぬ状態のままではこの部屋を出られず、最初に目が覚めたときに着ていたパジャマは目のつくところにない。
 明らかに誰かがわざわざその場所に準備してくれたとわかるもので、ならば和磨はありがたくそれを借りるだけだ。

 この世界での着物の着方などわかるはずもなく、温泉旅館の浴衣の要領で袖を通し、リボンのようなふわふわの帯を腰で結ぶ。
 よれよれだが一応脱げない程度には着れているはずだ。

 その格好で、和磨はこの寝室についたいくつかの扉のうち、一番大きく豪華な装飾のついた扉を開いた。

 案の定、それは隣のリビングに出る扉だったようだ。
 深紅の髪が良く目立つルーファウスの他に魔物なのだろうが人間と同じ姿の男が二人、ソファに寛いだ様子で相談中だった。

 扉の開いた音に気付いたようで、ルーファウスがすぐに立ち上がって出迎えてくれた。
 エスコートされて、ルーファウスが座っていたソファに一緒に座らされる。

 他の二人というのは、浅黒い日焼けした肌に濃い紫の髪でアメジストのような淡い紫の瞳を持った優しそうな雰囲気と表情を持つ人と、透き通るような白い肌に短く刈り込んだ紺の髪でブルーサファイアの瞳をした真面目すぎて面白みに欠けていそうな堅物系の人だ。
 二人とも実に整った顔立ちをしていて、魔物の棲む世界にしては落ち着いた空気を身に纏っている。
 おそらくは上位の実力者だろう。

 向こうもまた和磨の姿をじっくりと眺めていた。
 その視線の意味が値踏みというより感慨に近く、戸惑いを隠せない。

「なるほど、確かに異邦の民ですね」

 ようやく反応したのは、紺の髪の人だった。
 丁寧な口調も板についていて無理をした様子がないので、普段からこの話し方なのだと想像がつく。

 にこりとも笑わない無表情でそう評されて、和磨は自分の腰に手を回すルーファウスの顔を縋るような目で仰ぎ見た。

 和磨の視線を受けて、ルーファウスはおかしそうに喉を鳴らして笑った。

「カズマ。
 あれがこの地底世界の宰相、ベルゼブブだ。
 そっちで笑ってるのはカイム。今ここにいないアモンと共に地上世界と繋がる門の番人をしている。
 縫製が趣味という変わった奴でな。カズマの着るものの仕立てを頼んだ」

「飯食ってる間にでも既製品の中から合いそうなのを選んでおくよ。
 朝食は楽しみにしててくれよ。
 アモンの奴、久しぶりにまともに飯食ってくれる奴が来たって喜んでたからな。
 腕によりかけてるはずだ」

 にっこりと実に幸せそうに笑ってカイムはそう応え、早速というように部屋を出て行く。
 見送って、ベルゼブブも立ち上がった。

「城中にその人間に下手な手を出さないよう触れを出しておきましょう。
 食後はベリアルの庭園でも見せてもらうと良いですよ。
 その顔を城の者に周知しておいて下さい。
 余計な手間を避けるため、ご協力ください、陛下」

「あぁ、そうしよう。ベリアルにも伝えておいてくれ」

「あれなら、そろそろ来るでしょう。こちらから知らせなくても」

 その無表情から嫌われているのかと思った和磨だったが、口調はともかくベルゼブブの申し出は随分と親切で、別に悪い感情が介在しているわけではないらしいとわかった。
 少し意外だった。

 丁寧に頭を下げて部屋を出て行くベルゼブブを和磨も深く頷く程度に頭を下げ返して見送った。

 ベルゼブブの開けた扉から、ベルゼブブとは入れ替わるように子供がひょっこり顔を見せた。
 小学生ほどの体格でふわふわの金髪に碧眼という、和磨が思い浮かべる典型的な白人の腕白坊主そのものだ。

 和磨と目が合った途端、子供の表情がぱあっと輝いた。
 誰から見ても喜んでいるとしか思えない素直な表情で、男の子らしい子供がパタパタと足音を立てて駆け寄ってくる。

「すっげぇ美人だなぁ。お人形みたいだ」

「いきなりそれは失礼だろう、ベリアル」

 この子供が、宰相ベルゼブブの言う庭園の持ち主であるようだ。
 随分意外性のある正体に和磨も目を見張った。
 和磨が驚いている理由がわかっているのか、ベリアルはその幼い外見年齢に似合わないニヤリとした笑みを見せる。

「見た目に騙されるとは、まだまだ甘いな、人間」

 その言葉は、実年齢は外見とは別でもっと年上であることを同時に示している。
 しかし、ルーファウスに守るように抱かれている安心感も手伝ってか、そんな風にからかわれて和磨はあからさまに憮然とした表情になり自ら反論した。

「人間はまず見た目で判断する生き物ですよ、魔族様」

「ほほほ。そなたの負けじゃな、薬師」

 突然その場にいないはずの老女の声で判定を下されて、和磨は声のする方に目をやる。
 人が出入りしている外へ続く扉の戸口に、背が高く背筋がしゃっきり伸びているものの白髪で肌は皺だらけの老女が立っていた。
 裾を引きずるドレス姿で不要そうな杖を突きながら近寄ってくる。
 その姿は魔女を連想させた。ドレスもケープも真っ黒なせいだろう。





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