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混乱しないということは、それだけ受け入れるのも早いはず。
逃がしたくないのなら、帰りたいと思わないくらいにこの世界での暮らしに夢中にさせれば良いことだ。
本来魔に属する生き物は義務や責任を嫌い快楽と奔放を好む。
おかげで娯楽も充実しているのだ。しばらくは飽きることはないはずだった。
「帰りたいか?」
「……帰りたくないわけじゃないけど、帰れないなら別にそれでも良い」
元の世界に帰ったところで、どうしても自分でなければならないことなど何もないのだから、それならそれで事態を受け入れるだけだ。
自分の身に起こった異世界トリップという貴重な体験をもう少し楽しみたい、という理由もあるのだが。
住めば都、という言葉もある。
しばらく生活して慣れてしまえば、元々執着もない元の世界のことなど思い出しもしないに違いない。
自分で話題を振っておいてあっという間にまた興味をなくした態度の和磨にルーファウスは不思議そうだったが、今度は自分からこちらに寄りかかってきた和磨を抱きしめて、本人が良いのならそれで良いと受け止めた。
ルーファウスにとっては、和磨が故郷である元の世界に帰りたがらなければそれ以上の問題など何もないのだ。
湯に浸かることが習慣として身についているようで、初めて入る人間には辛いほどの温度であるはずの湯の中で寛いでいた和磨だったが、しばらくしてルーファウスの腕の中から逃げ出し立ち上がった。
立てば膝上までしかない深さだ。
足にまとわりつく湯を踏みつけるようにしてじゃぶじゃぶと歩き、丁度良さそうな岩を見つけて腰を下ろす。
それは、熱さに負けて涼を求めた湯治客のような行動で、浴槽から出て行かないことで和磨がこの湯を温泉と認識したことを意味している。
見送って、ルーファウスは少し苦笑を見せた。
「可愛いモノが丸見えだぞ」
「身体の奥まで知ってる相手に今更恥ずかしがる必要を感じないよ。
好きなように見ればいいさ。減るもんじゃない」
そもそも浴場では全裸でいるものだという認識がある。
相手がルーファウスでなかったとしても、和磨はわざわざ隠すようなことをする必要があるとは思えなかった。
まぁ、わざわざ見せることをアピールするつもりもないのだが。
「はぁ、気持ち良い。異世界に来て温泉に入れるとは思わなかった」
「ここは俺の部屋に直結した専用の浴室だ。
好きな時に好きなだけ入ると良い。
その細やかな肌がさらに綺麗になる。今から楽しみだな」
「美肌の湯なんだ? それは嬉しい」
許可をもらって本心から嬉しそうに笑う。
和磨本人が持つほんわかと穏やかな空気が笑顔で増幅されるようだ。
和む空気に浸って心も身体も癒される。
和磨を見つめるルーファウスも自然に笑顔になる。
しばらくは何の気なしに見詰め合ってしまい、先に視線を逸らしたのはルーファウスの方だった。
ざばっと水を盛大に乱しながら立ち上がり、和磨に手を差し出す。
「そろそろ上がろう。のぼせるぞ」
そうしてエスコートされると無視するのも大人気ない気がして、和磨は素直にその手を取った。
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