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しかし、自ら身体を動かすようになれば覚醒は近い。
和磨と自分を手早く洗い上げて浴槽に入った。
身体を洗っている最中に目を覚まして暴れられたら、さすがに困る。
身体にまとわりつくようなねっとりした感触は、この温泉がそういう泉質なせいだ。
これでいて湯上りはさっぱりと水はけも良い湯で、入浴はルーファウスも気に入っている日課の一つだった。
この泉質を腕の中の少年も気に入ってくれたら良い、と相手本位な希望を脳裏に浮かべ、すでに奉仕欲が育ちつつある自分に苦笑する。
ルーファウスは過去の経験から、愛する相手には尽くしたい願望が強い自分を良くわかっている。
だからこそ、自然に湧いてきた感情に苦笑を禁じえない。
ともかくたっぷりの湯に肩まで浸かって、和磨が自分の膝の間に抱きこまれるように座らせる。
自分の胸が背もたれ状態になるのがまた嬉しいようで、その表情は幸せ色に蕩けている。
肩までしっかりと湯に浸かっていて少し熱いのか、和磨がようやく目を覚ました。
自分が温水に浸かっているのに気付いたのだろう。びくりと身じろぎをする。
「目が覚めたか」
背後から身体に声が響いて、自分が何を背もたれにしていたのかようやく気付いた。
身体を起こして振り返る。
漆黒の髪が水中でたゆたう。水を吸ってさらに深い闇の色が目に鮮やかだ。
「ルーファウス?」
「あぁ。身体は辛くないか?」
「……うん」
その言葉にようやく自分が何故気絶していたのかを思い出したようだ。
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯いた。
その表情は襲い掛かられて開き直ったあの潔さが嘘のようだ。
改めてそんな初々しい様子を見せられて、無性に可愛く感じる。
その感情をそのままに和磨を抱きしめる腕に力をこめると、和磨がびっくりしてもう一度こちらを振り返った。
「お前が気に入ったぞ、カズマ。
しばらくは毎晩喰わせて貰うからそのつもりでいろ。
その代わり、お前の身柄を匿ってやる。悪い取引じゃないだろう?」
「……その前に、ここ、どこ?」
魔王だという名乗りと、微妙に見慣れない雰囲気から、異世界に来てしまったのはわかっているつもりだ。
しかし、それは疑問の解決には不十分だった。
問いかけに対して、ルーファウスは鷹揚に頷くだけで何故それを尋ねるのかまでは追求してこなかった。
「そうだな、詳しい話は明日してやろう。
ここは地底世界と呼ばれる階層で、魔に属する者が棲む世界だ。
無防備に外に出るなよ。冗談ではなく、頭からバリバリと喰われてしまうぞ」
逃げ出さないようにの脅しも含めて言い諭す。
喰われる自分を想像したのかぶるっと震えた和磨は、ルーファウスの広く厚い胸にすがりついた。
「大丈夫だ。城内にいれば俺が守ってやる。
せっかく手に入れた極上の餌をみすみす手放すのは惜しいからな」
それは、ルーファウス側の事情を理由にして、他人に頼りきるという和磨の精神面での負担を取り除いたものだ。
心遣いが伝わってきて、和磨は素直に頷いた。
「ともかく、今日はもう遅い。明日は城内を案内しよう。
服も必要だし、ただの人間のお前には経口食も必要だろう?
忙しくなりそうだ。ゆっくり眠って英気を養え」
「……元の世界には帰れないの?」
「別の世界から来た異邦人がまたどこぞへ消え去ったという事例は今のところ無いな」
そっか、と呟いて頷いて、和磨は黙り込んでしまう。
もっとがっかりするかと身構えていたルーファウスにとっては拍子抜けするくらいあっさりとした受け止め方だった。
予想がついていたのかもしれない。
驚くべき事態の連続の渦中にいるにしては、最初から随分と頭の切り替えが早かったのだ。
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