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 ポリポリと頭を掻きつつ戻った俺を迎えたのは、びっくり顔の転入生氏だった。今まで気づかなかった俺も間抜けだけど、彼氏、三つ編みしてたんだ。妙に似合う。

「長峰くん、足速いんだなあ。三人揃って速くない?」

「当たり前でしょ。去年の学年上位三人そろい踏みなんだから」

 えっへん、と胸を張って、宏春がそう言う。そんなこと言っても、できるのはそれだけでしょ、と言ってやりたい。哲夫も俺も、こめかみを押さえて失笑してしまった。何だよ、と宏春だけ不満そうだ。
 足が速くたって、体育でできるのはこのくらいなのだ。宏春は体力が続かなくて瞬間的なスポーツしかできないし、俺も球技はほぼ全滅だ。何でもできるのは哲夫だけで、去年の体育は二人揃って見学し続けていた。

「で、一つ聞いてもいい?」

「何でしょ?」

 ご機嫌の宏春が上機嫌で答える。何でも答えそうな雰囲気だったので、そこは宏春に任せることにした。

「長峰くんって、どこか悪いの?」

「……は?」

「いや、だって、先生が走れるか?とか聞いてたし」

 え、えーと、あのお?

「桂くん、一つ聞いてもいいかな?」

「もしかして、気づいてないの? 気ぃ使って聞かなかったわけじゃなくて?」

 哲夫と宏春も驚いたらしく、口々にこう尋ねてくれる。それは、俺の疑問を代弁してくれていた。聞き返された方は聞き返された意味がわからなくて首を傾げる。ということは、気づいてなかったんだ。こんなに近くにいたのに。それとも、近くにいたから?

「友也。右手で握手してやんなよ。一番手っ取り早い」

 確かに。俺は右手を差しだした。こうして見る分には普通の手だ。でも、この手、ちょっと欠陥品だった。今でも、半袖の服はちょっと着たくない。

 出された右手をつかんだ彼は、その手を見つめ、俺の顔をうかがって、また手を見つめた。くすくすと俺は笑った。この人、楽しい。

「力、入れてる?」

「必要以上にね。思いっきり。ちょっとは感じない?」

 ぎゅっと力一杯握っている、つもり。俺の手は辛うじて彼の手を包んでいるだけで、握るとはとうてい言えない状態だった。
 つまり、俺の右手は半分マヒしているのである。おかげで、指先に力が入らないから、身体を支えるのも無理。握手すら満足にできない。
 全体がマヒしているわけじゃなくて手の平くらいまではなんとかなるので、手の上に何かを置くことはできるが、拾いあげるのは指がなければならないから無理。両手を使う作業は全滅で、右手の自由を失ったと同時に第一級身体障害者に認定された。

「事故でね。右手が一番被害がすごかったんだって。で、これが後遺症。指が五本残ってるだけでも奇跡に近いって、医者が言ってた」

「そう……なんだ」

 同情してくれたらしい。暗い表情になってしまった。ちょっと反省してしまう。自分の手のことで人を落ち込ませるのは、あまり気持ちのいいことじゃないから。にこっと笑ってみせた。

「日常生活では、あんまり困ってないんだよ。元々左利きだったし」

 だから気にするなと、そういう感じで言って、壊れた右手を持ち上げてみた。俺の中にあったいくつかの可能性を持って彼方へ行ってしまった俺の右手の自由。一番ショックだったのは、それまで生きがいだったことを諦めざるを得なかったことだった。
 あの事故で右手が動かなくなったおかげでできた山のような暇な時間は、俺にイラストレーターという仕事を与えてくれたけど。絵を描くのは昔から好きだったから、不満はまったくないんだけど。

「でさでさ。今日のお昼、中庭で食べようよ」

「今言うことかよ、テツ。いつものことだろ」

 暗くなってしまったその雰囲気を吹き飛ばすように、哲夫がちょっと声をでかくして言った。その心遣いを誉めるように優しい目をしながら、宏春は憎まれ口で答えた。つまりじゃれているだけだったりする。

「何だよお。いいじゃん、別に、確認したって。嫌ならヒロは一緒じゃなくてもいいよ」

「シート持ってるのは俺だぞ、俺」

「い、いいもん。芝に直に座るから」

「いいわけあるか、このお馬鹿」

 ぽこっと軽く宏春が哲夫を叩く。まったく痛そうじゃないのだが、哲夫は膨れっ面で宏春を見上げた。このカップルはTPO考えないでじゃれるところが欠点かもしれない。今回は、それでいいんだけど。俺はその二人の会話を見て笑いながら、同じくらいの背丈の転入生氏を見やった。

「一緒に昼飯食う? せっかくだから、うちの学校で無事に生活する方法も教えてあげるよ」

「……いいの?」

「駄目なら誘わない。あの二人なら、その気で話してるから大丈夫だよ」

 ねえ、と同意を求めて宏春と哲夫を見やる。まだいちゃいちゃしていたらしい。人の話、聞いてないし。

「こおら、そこの四人組っ! いつまでサボってる気だ!?」

 大声で先生に叫ばれて、ぱっと振り返った彼氏の行動に、俺たち三人は揃って笑いだした。





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