相変わらずのバレンタイン
(2006年バレンタイン限定SS)
二月十四日。
例によって例のごとく、バレンタインデーである。
俺、長峰友也は、恋人と二人、示し合わせて、大きな紙袋を折りたたんで通学カバンにしのばせ、いつもよりゆっくりした時刻に登校した。
そう。何度もいうが、バレンタインデーなのだ。
俺たちにとっては、魔の一日。
くれる方は、きっとドキドキなのだろうけれどね。これだけもらうと、チョコレートの山にうんざりする。
隣の雅はそうでもなさそうだけれど。
なぜゆっくり登校するかというと。
「そっと開けなよ? 雪崩起こすから」
うちの学校は、ご丁寧にも下駄箱が扉つきだから、ラブレターをこっそり忍ばせるのに好都合にできている。
現に『氷の女神』の称号をもらってから今まで、ここにラブレターがない日がなかった。
例外が、今日だ。
といっても、何もなくなるわけではなく。
俺は雅と顔を見合わせて、一緒にそっとその扉をひらいた。
バラバラと音を立てたのは雅の方。
俺は、扉につかえているのがわかったから、落ちないように手を添えておいたからね。
そう。バレンタインデー名物、チョコレート雪崩だ。
雅ももう二回目なんだから、学習しなさいって。そう思って、雪崩を片付けている雅を見やって笑ってやった。
そうして目を放した隙に、自由の聞かない右手の支えを乗り越えて、俺もいくつか落としてしまった。
あぁ、もう。
これを入れた奴らはどうやって雪崩を起こさずに追加していったんだ?
すごい不思議。
とりあえず、落とさなかった分を下駄箱に押し込んで、持ってきた紙袋を広げ、それを回収して、ようやく一段落。
上履きに履き替えてそそくさと教室に逃げ込んだ。
いつもは早い時間に来る俺たちが、わざわざのんびり登校したのは、この雪崩を帰りに起こされるのが大迷惑だからだ。
さて、ただいま高校三年生の俺たちがここにいる理由だが。
二月に入って、受験生たちは自由登校期間なのだけれど、週に一日だけは、午前中に登校して進捗報告、と義務付けられていて、その登校日がバレンタインデーにぶつけられている。
絶対に、このチョコレート会社の陰謀に乗せられていると思う。
一週間ぶりの顔合わせで、教室内は大変賑やかだ。
俺と雅はさすがに教室が分かれていて、俺のクラスメイトにいつものメンバーは一人もいない。
なので、三年生になってから、学校に仕事を持ち込むようになった。
今日も、いつもどおり仕事持込で、誰も話しかけてこないことをいいことに、話しかけるなオーラを発しつつ、一人黙々と作業をする。
授業中はしないから、教師黙認なんだ。
けど。どこの世界にも、空気の読めないやつというのはいるもので。
さっぱり仕事がはかどらなかった、と帰りの道すがら友人たちに訴えたら、大笑いされたけれどね。
今日のチョコレートの収穫は、俺が五十三個、雅はその倍以上で数えるのも嫌。
宏春と哲夫もそれぞれ十数個はもらっていて、苦笑いの顔を見合わせる。本人たちは意外らしいが、二人ともそれぞれに違ったタイプのファンがついているのだ。
このチョコレートの山を抱え、俺たちが向かう先は、高井医院。宏春の自宅だ。
チョコレートなんて、こんなにたくさんもらっても、一人では食べきれないしね。
本当に欲しいのはただ一人からもらうものなんだから、これは必要なところに寄付すればいいのさ。
というわけで、これらはすべて、小児科の子供たちへのプレゼントに回るわけ。
といっても、怪しい付属品付きやウイスキーボンボンなど酒の入ったものは対象外だから、選別しなくちゃいけないけど。
「まぁ〜、いらっしゃ〜い。いつも悪いわねぇ」
どうせ自由登校期間の登校日なんて午前中のホームルームで終わってしまうので、帰ってくるのはちょうど昼時。
午前中の診察は終わっていたのか、俺たちを迎えてくれたのは、宏春の母、真紀子先生だった。
高井医院の小児科常勤医師で、地元の子供たちはほとんど皆が、一度はお世話になっている。俺ももちろん。
真紀子先生は、今日がバレンタインデーで、なおかつ、俺たちが大量のチョコレートを持ってこの時間にやってくることを承知していたらしい。昼食を作って待っていてくれた。
美味しいチャーハンに舌鼓を打ち、居間でフローリングの床に直に座り込み、二つの紙袋をそこに開ける。
「いつもすごいわねぇ。子供たちも大喜びだけれど」
四人でチョコレートの山を囲む上からそれを見下ろして、真紀子先生は少し呆れたようにそう言うと、あとはよろしくね、と宏春に命じて、午後の診察に行ってしまった。
見るからにコンビニで買ったバレンタイン用チョコなら、開けなくても裏に内容物の表示があるから選別しやすい。
それらは、酒入りでないことだけ確認して、子供向けの山にぽいと放る。
問題は、チョコレートではないプレゼント付きや手紙付きのものだ。
包装しなおされているから、いちいち開けなくてはいけないんだけれど。
紙包みは、苦手なんだよ。片手では開けにくい。
俺が片手が不自由なのはすでに校内では知れ渡った常識なんだから、もう少し気を使おうよ。って思うよ、本当に。
それがわかっているからなのか、あらかじめ分担が決まっている。
俺が、コンビニものと手作りものを分けて、手作りものの山を三人が手分けして広げてくれるわけ。
宏春と哲夫宛のは、数が少ない分あっという間に済んで。っていうか、それぞれひとつずつだったしね、手作りもの。
問題は、俺と雅。どちらも女神様だから、それなりにファンは多くて、二人が恋人同士だってはっきり無視されている。
愛してます、付き合ってください、のラブレターは飽きるほどもらっていた。
作業が終わると、山は六個になっていた。
子供たちへのチョコのプレゼントが一番多く、何が混入されているかわからない手作りチョコ、酒入り、食べられないプレゼント、手紙、そして手作りものの包装紙。
まさか毒は入っていないだろうけれど、男が作ったものだという先入観と唾液とか入ってたら嫌だなぁという憶測のもと、手作りチョコは廃棄処分となった。
手紙も、読まずにゴミ箱へ。食べられないプレゼントは使えるものは使うけど、いらないものはバザーにでも出してもらって。
もちろん、包装紙は丸めてゴミ箱行きだ。
残った酒入りチョコを囲んで、俺たちはおやつの時間だ。
「で? 友也から雅には?」
にやにや顔で意地悪く宏春がそう言うから、俺はせいぜいすました顔をして紅茶をすすった。
「後でね」
「ってことは、あるの!?」
こら、雅。なんでそこで驚くんだ?
確かに、去年はなかったけれどね。
忘れてたんだよ、去年は。その代わり、ホワイトデーにはちゃんとお返しもしたし。
「チョコじゃないけどね」
「え? じゃあ、何?」
チョコレートじゃないところに気を惹かれたらしい。哲夫も興味津々で身を乗り出した。
別に女じゃないんだし、バレンタインデーにチョコレートなんてありきたりなこと、しなくてもいいじゃん、と思う。
「学業成就のお守り。家に置いてきちゃったから、後で渡すよ」
「あ、うん、ありがとう。でも、なんで?」
「何で、は愚問だろ?受験生。選んだ理由は見ればわかる」
「あ、そう」
それは楽しみ、と言ってくれるのにちょっとがっかりした風なのは、本当はチョコレートが欲しかったのかな?
雅は甘いもの好きだからなぁ。
「宏春と哲夫は?」
「へっへ〜ん。内緒だよ〜」
なぜか自慢げに胸を張った哲夫は、そう言って宏春に流し目を向けた。
いや、もう、良いよ、お前さんたちは。その仲の良さは天下無敵だから。
夕方、雅に家まで来てもらって、ついでに俺の部屋でいちゃついて、ほどよく疲れたベッドの中、俺は枕もとの棚に置いてあったその包みを雅に渡した。
湯島天神のお守り。
中を開けて、あっという間に納得してくれた雅に、やっぱり好きだなぁと思うのだけれど。
「なるほどね。チョコレート色なんだ」
「一昨日湯島に行く用事があってね、祖父様と。ついでに、合格祈願していこう、って連れて行かれたんだ。そこで、一目惚れしてね」
学業の神様、湯島天神の霊験あらたかなお守りが入った、そのお守り袋。
濃い茶色で、まさにチョコレート色だったのだ。なんとも時節的にタイミング良く。
「受かる気、しない?」
「する。友也がくれた湯島天神のお守りなんて、ご利益最高かも」
いや、それは誉め過ぎなんだけどね。
平然とそうやって俺を喜ばせてくれるから、何度も惚れ直しちゃうんだよね。
その後、うちで夕飯までご馳走になっていった雅からのチョコレートは、俺の家族全員に振舞われた、食後のデザートで。
ブランデーの香りがちょっと大人な、ホットチョコ。
未来の長峰家の婿殿は、今からこうしてせっせと点数稼ぎしているわけで。
喉が焼けそうにあま〜いチョコレートに、雅に負けず劣らず甘いものが好きな俺は、舌と一緒に目尻もとろかせて、幸せ〜にふにゃりと笑っていたらしい。
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