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 目的の青年が、同じ年代の男を連れてやってきたことに、客人父娘は戸惑ったらしい。互いに顔を見合わせた。

 娘は、どうやら女の直感が働いたらしい。二人が手をつないでいることも、二人の左手薬指にペアリングが輝いていることも、目ざとく見つけて、いぶかしげに眉を寄せた。

 とはいえ、まさか男同士で婚約者だとは思いもしていない。いい加減、気付いても良さそうなものだが。

「彼が、息子の婚約者の、高井宏春君です」

 息子を二人、自分の隣において、父親はそれが当たり前のことのように、婿を紹介して見せた。

 二人のどちらかが、共通の親友である友也か雅のような美貌を兼ね備えているならともかく、二人とも、間違っても女には見えない顔立ちをしている。違和感は、途方もない。

 あまりにあっさりした紹介を、思わず聞き流しかけ、客人二人は、はぁ?とすっ頓狂な声をあげた。

「なんですって?」

「我々を、バカにしてるんですか?」

 確かに、これが世間一般の反応だ。

 が、そんな反応に、父は不機嫌な表情を見せた。

「間違いなく、息子の婚約者ですよ、彼は。年内にも嫁にやることで先方とも話が進んでいるほどの」

「息子を、嫁に、ですか?」

 あまりに非常識な話を、この家族は当たり前のように話すのだ。正常な思考の持ち主には理解できないに違いない。

 怪訝な表情を見せる父娘に、さらに言い募ろうとした父を制し、宏春が口を開く。

「はじめまして。先ほど紹介いただきました、高井です。哲夫の主治医も兼ねております。男同士で婚約者だと説明したところで納得してはいただけないでしょうから、彼の病気の説明だけさせていただきます」

 その宏春の切り出し方に、哲夫は途端にぴくりと肩を震わせた。宏春がつないだ手をぎゅっと握ってくれて、逃げ出しかける自分を抑える。

「病気、ですか?」

 外見ではとてもそうは見えない相手だ。それでも、医者だと名乗る相手の言葉なので、不思議そうに問い返す。当然、同性愛者らしいとはわかっているので、怪訝な様子も崩さない。

「はい。病気です。もう、子供の頃から一進一退を繰り返している病気なんですが。病名を、女性恐怖症といいます」

 え?

 その病名を宏春が口にした途端、客人たちは、その思考をとめてしまった。身動き一つできずに、目の前の医師を見つめる。

 宏春は、彼らの反応など意に介していないように、勝手に話を進める。

「彼が、お宅様のお話を頑として断りつづけているのも、私のような同性の婚約者がいることも、すべてはこの心の病気に起因しています。ですから、主治医としては、貴女がたに、これ以上彼の心を引っ掻きまわしてもらっては困る。
 長い年月をかけて、ようやくリハビリに入れるところまで回復したばかりです。今の状態では、また、女性から隔離しなければならなくなる。世の中の半分は女性ですよ。これがどんなに大変なことか、理解していただきたい」

 そこまで言って、言葉を区切る。それから、哲夫の肩を抱き寄せた。

「今までは、こいつの病気を知らなかったわけだし、大目に見ますよ。でもね、これを知ってもなお、こいつにちょっかいを出そうっていうなら、こっちにも考えがありますから、そのおつもりで」

 医者としての口調から一変して、婚約者としてのぞんざいさになる。そうして言ったその台詞は、まるで脅しのようだった。哲夫は、宏春を驚いた様子で見つめ、客人たちは身動き一つ取れない。哲夫の両親は、息子の婿殿の頼もしい台詞に満足げだ。

「従いまして。そちら様のお望みは、どう頑張っても叶えられませんので、どうぞお引き取りください」

 ぺこり。

 まるでからかうような口調で、宏春が頭を下げる。お帰りはこちら、と母が襖を開けた。

 なかなか立ち上がらない客たちは、どうやら衝撃の事実にノックアウトされてしまっていたらしい。それから、我に返って、顔を見合わせた。娘が、どうも信じられなくて、哲夫本人を見つめる。

「本当、なんですか?」

 さすがに慣れてきたとはいえ、もっとも苦手なタイプの相手に見つめられて、哲夫が思わず視線をそらす。

 直視できないのには、一般的に、後ろめたさという理由もある。そして彼女は哲夫の行動を、一般的な理由に解釈したらしい。憮然とした表情で、一同を見まわした。

「ずいぶんと手の込んだ冗談ですわね」

「……は?」

 当然、下山田家の人間は、一連の話を大真面目で説明しているつもりである。彼女の反応が、両親にはとても信じられない。

「冗談なんか……」

「だって、そうでしょう? 下山田さんは、一度だって、私と話すときに目を逸らしたことなんてなかったわ。それなのに、今は私の顔をちらりとも見ないもの。後ろめたい証拠だわ」

「俺としては、こいつがこの場から逃げ出さないことを誉めてやりたいですよ」

 間髪入れずに反論して、宏春は哲夫の手を握った左手に力を込める。ぎゅっと手を握りしめられて、哲夫は勇気づけられるどころか、逃げ出しそうになった。必死に、自分の正座した膝を抑えつける。

「テツ。逃げて良いよ」

 無理をしているのが、この婚約者には筒抜けであるらしい。そんな優しい声をかけられて、哲夫ははっと顔をあげた。声には出さず、ホント?と口を動かす。

 宏春に頷いてもらって、握った手を離されて、それが限界だった。

 ほとんど転げるように部屋を飛びだしていく恋人を見送り、宏春はあからさまに大きなため息をついてみせた。

「どうぞ、お帰りください。それから、あいつにちょっかい出すのもやめてください。あいつは、女性との恋の駆け引きなんて高度な技は、持ち合わせていないんです。あなたにとっては、楽しい恋愛ゲームでも、あいつにとっては死活問題だ。知らない間に追い詰めて、相手に自殺でもされたら、あなただって後味悪いでしょう?」

「自殺なんて、そんな大げさな……」

「大げさなんかじゃありません。現に大学生の時に何度か未遂をしてるんですよ」

 そこに、母親が口を挟んできた。哲夫にそんな過去の傷が残っていないのは、すべて彼女の早期発見と応急処置の賜物なのだ。

 あの、苦しかった時期を知っているからこそ、もう二度とあんな状況は作りたくない。そう思うのだ。

「どうか、お帰りください。そして、もう二度とあの子の前に現れないで」

 そんな母親の悲鳴に追いたてられて、招かれざる客人たちはようやく、不本意ながらも、重い腰をあげた。両親から追いやられるように家を出ていく。

「おい。塩、持って来い。念入りに撒いてやる」

 そんな父親の憤慨の言葉は即時に実行に移され、彼は塩の山に手を突っ込んで持てるだけ目一杯掴むと、節分の豆撒きのように思いきり玄関先に振りまいた。大量の塩が、太陽の光を受けてきらきらと輝きながら、地面へ降り注がれていった。





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