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 高井医院でも、その反応はすごかった。

 何しろ、宏春はこの病院の常連客であるおばあちゃま方のアイドル的存在である。若先生のマリッジリングの話は、彼女たちの格好のネタだ。

 そんなおかげで、待合室は診察を待つ患者さんと診察を終えて噂話に興じる患者さんでごった返していた。普段でさえ忙しいのに、いつもの倍は忙しい。そんな指輪効果に、両親も苦笑をこらえ切れない。

 そんな話を、高井医院を訪ねていって居間で呼び止められて、哲夫はじっくりと聞かされていた。そんな忙しさのおかげで、宏春はまだカルテ整理中で、なかなか構ってくれそうになかったから、哲夫もそれをふんふんと頷きながら拝聴している。

 高井医院の医師は全部で五名いる。二人は他の総合病院と掛け持ちで週に三日を交代で勤務する非常勤で、残りは高井家の人々だ。
 院長で外科、整形外科を担当するのが、宏春の父である隆春。院長先生と呼ばれている。副院長で内科、小児科を担当するのが、宏春の母である真紀子。真紀子先生といえば、哲夫もお世話になった人だ。そして、宏春の担当は、精神科。とはいえ、このような地域密着型医院では、内科と小児科の手がどうしても足りず、そちらにかり出される事がもっぱらだ。これが、高井医院のアイドル、若先生である。

 最近では、時代を反映してか、精神科の診療も着実に数を増やしている。昼間から10代から30代の若い世代の人が待合室にいたら、三割の確率で精神科だ。

 この家の、ゆくゆくは嫁に入ることになるだろう人間が、哲夫であった。これだけ立派な医院である。跡取りの作れない関係に、きっと猛反対するだろう、と当事者たちは思い悩んだ。が、反応は実にあっさりしたものだったのは、前述の通りだ。

 今では、こうして居間に通されておしゃべりの相手にされることもよくあって、実にありがたい話だった。

 後で聞くところによると、どうやらそのあっさりと認められた背景には、やはり二人の精神的肉体的障害が大きくあったらしい。もし、宏春が血液障害を持っていなかったら、哲夫が女性恐怖症などという病を抱えていなかったら、絶対に認めなかっただろう、とは院長先生のお言葉だ。どちらか片方が欠けていても、二の足を踏んだに違いない。

「そろそろ、本当に籍を入れちゃった方が良いかしらねぇ。でも、下山田さんのお宅ではどうなの? 哲夫君って、長男でしょう?」

「もう、嫁に出す気でいっぱいみたいですよ。家を出た姉貴たちのどっちを呼び戻すかって話をしてますから」

 答えて、哲夫はくすくすと笑った。

 実際、下山田家では、哲夫の花嫁修業と称して、家事の手伝いが発生しているのだ。男とはいえ、嫁に出すのだからそれなりの家事はこなせるようでなければ、というのが母親の主張だ。

 そして、それに対して父親も全く反対しなかった。それどころか、どちらも公認会計士と結婚している二人の娘の、どちらを呼び出すかで、双方と若干の揉め事を起こしているくらいなのだ。おかげで、二人の姉には散々に言われてしまっているのだが。

「あらぁ。そうなの? じゃあ、この際思い切って、お式も挙げちゃいましょうか」

「やめてください。それだけは」

 真紀子先生が、なにやら嬉しそうにそう反応してきたので、哲夫ははっきりと即答した。男同士で結婚式など、恥ずかしいことこの上ない。

「えぇ? 良いじゃないの。ウエディングドレスを着ろ、なんて言わないわよ?」

「それこそ、問題外です。俺、女装似合いません」

 再び即答する。その答えに、今度は院長先生も頷いた。

「確かに、見目良くないだろうな。どちらかと言うと、宏春の方が似合うだろう」

「それもやめてよ。否定はしないけど」

 あさっての方から突込みが入って、全員がそちらを振り返る。どうやら仕事が終わったらしい。宏春が、姿を現した。着っぱなしの白衣を脱ぎつつ、哲夫に歩み寄っていく。

「お待たせ」

 声を掛けて、覆いかぶさる。その額にキスを落とし、それからじっと顔を見つめた。

「お疲れだね」

「わかる?」

「俺を誰だと思ってんの」

「俺の主治医でダーリン」

「よろしい」

 そのやり取りが、他人の入る隙間を与えず、両親は温かく見守るだけで。哲夫がソファから立ち上がるのを手伝って、代わりに白衣をそこにかけ、恋人の肩を抱いて居間を出る。
 残された白衣を拾い上げ、真紀子先生は苦笑を浮かべると、脱衣室の洗い物かごにそれを入れに、居間を反対側に出て行った。





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