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 まさか、行った当日に出来上がるとは思っていなくて、帰りの車の中で、二人揃って、左薬指の銀色の線に見入っていた。それは、銀だと思っていたのだが、プラチナなのだそうだ。雅たちは金なのだが、仕事が仕事だけに落ち着いた色の方がいいでしょ?とは、孝子の弁である。

 翌週月曜日。

 反応は早速あった。

 特許部といえば、この会社は女性の所属社員がいないこともあり、特に用がない限り、女っ気というものはまずほとんど感じられない部署である。だからこそ、哲夫でも転職しようという気になったものだ。

 その部署が、黄色い声で騒がしいのである。おかげで、哲夫の仕事が全く手につかない。

 もちろん、用もなく騒ぎに来るような非常識な真似はしないのだが、そのほとんどが庶務課のOLたちで、頼みもしないのにプリンターのトナー交換に来たり、コピー用紙の補充に来たり、蛍光灯の点検に来たり、回覧書類を持ってきたり。いずれも、たいていはその部署の新人に当たる人間が、必要に応じてこちらから出向く作業であって、彼女たちはまず嫌がるはずなのだから、目当ては哲夫の左手に間違いない。

 昼休みには女性たちが入れ替わり立ち代りやってくるので、さすがに目に余ったらしい。午後一番に、哲夫は特許部の部長に呼び出されてしまった。

「困るんだよね。実際、仕事にならんだろう。彼女たちの目的はどうやら君らしいのだが、心当たりはないのかね?」

「おそらく、これのことだと思いますが」

 指し示したのは、既婚者には当然の、結婚指輪。他の人間がしている分には、別に何の騒ぎにもならない品である。それが原因である理由が部長には理解できず、眉をひそめる。

「君は、独身ではなかったか?」

「戸籍上は、独身です」

「実情は好きあった相手がいる、というわけか」

 多くは語らない哲夫に、部長はそれなりの事情を察し、勝手に納得してくれた。何らかの事情があって戸籍上は他人でしかいられない内縁関係など、この日本ではそう珍しくもない。とはいえ、それはその指輪の理由であって、それと彼女たちの反応とは別物だ。

「で、あれは?」

 あれ、と顎をしゃくった先には、またもや庶務課の女性が、補充用紙を持ってやってきていた。それを振り返って、哲夫は肩をすくめる。

「どうも、彼女たちの興味を引いてしまっているらしくて。これも、最近の連続告白劇を何とかストップさせるつもりだったんですけど」

「逆効果、ってわけだ」

「みたいですね」

 納得してくれた部長に頷いて返して、さらにため息までついてみせる。納得した彼は、その哲夫の肩を、力づけるように叩いた。

「そういう事情なら、今日は仕方がない。そのうち、騒ぎも落ち着くだろう」

 他の者には、私からさり気なく言っておこう。そう言って、部長は哲夫をお咎め無しで釈放してくれた。哲夫が何か悪いことをしたわけではないので、その処置も当然のことだが、哲夫は恐縮して頭を下げた。





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