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 手際よく二人の指のサイズを測りながら、彼女は世間話を再開する。話をすることで、相手をリラックスさせるとともに、その相手の人となりを探るのは、医者としても良くやることなので、宏春はかなり積極的に付き合った。哲夫も、本当にまったく気構えがないらしく、自然に話ができている。

「最初はね、それってどうだろう、とは思ったのよ。男同士なんて、普通は認められるものじゃないじゃない?
 でも、あの二人の場合、別格なのよねぇ。なんか、あれはもう、それが当たり前になっちゃってて、無理やり引き離しても違和感を生むだけだって実感しちゃって。二人とも、女にとっては羨ましいくらい、綺麗なんだもの。もう、すっかり、目の保養、っていうか。完全な観賞物よね」

 それが、孝子の感想であるらしい。つまり、普通の女性なのだ。男同士であるということにも、特に理解があるわけではなく、雅と友也なら、との限定付きで認めているだけの話で。ということは、こちらのカップルにはどうなのだろう。

 それを尋ねる前に、孝子は作業のために閉じていた口をまた開く。

「その二人の紹介でしょ? ちょっと期待してたのよ。それが、もう、裏切らないどころか、私の予想をあっさりと上回ってくれちゃって。思わず年甲斐もなくはしゃいじゃったわ。ごめんなさいね。びっくりしたでしょう?」

 そんな話をしながら、仕事は正確で、近いサイズの指輪を入れてみる作業に入っている。

「失礼ですけれど、ご職業を伺ってもよろしい?」

 その質問が脈絡もなくて、宏春は哲夫と顔を見合わせる。その反応に、理由が必要なことを見て取って、彼女は微笑を浮かべつつ、その理由を教えてくれた。

「指輪のデザインを、どうしようかと思って。シンプルなのは大前提として。ご職業に合うものが良いでしょう?」

「私は、医師をしています。こっちは弁理士」

「あら、エリートさんねぇ。雅ちゃんたちとは大違い。でもないか。東大卒って聞いてるし」

 じゃあ、目立たないけどさり気なく主張する感じが良いわよね。そう独り言のように確認して、彼女は席を立っていった。何か必要なものを取りに行ったらしい。

 その隙に、宏春は恋人の顔を覗き込む。というのも、さすがに心配になったらしいのだ。指輪のためとはいえ、女性に直接指を触られているのだから、心配になるのも当然と言うもので。

 ところが、哲夫は自分でも驚いているのだが、全く平気な様子で宏春を見返した。

「何ともない?」

「うん。ぜんぜん平気。何でかな? 他のこういう女の人って、駄目なんだけど」

 不思議だ。そう、哲夫が素直に白状する。それは、宏春にとっても同じで、そのからくりが見えない分、何だか不安にすらなってしまうのだが。

 そんな囁きあいの言葉の端が聞こえたらしい。孝子はくすりと笑って口を挟んできた。

「だったら、成功ね。トモちゃんの入れ知恵なのよ。ご家族とか親しい関係の相手なら大丈夫だって聞いたから、少し工夫しているの。半分は、あの子たちが気を許している相手だっていう先入観だと思うわよ。男同士という禁忌を気にせず接している人間であることが、リラックスの要因になってるはず。それと、もう半分は、アロマテラピー」

 種明かしをして、ロウソクを浮かべた水の皿を目の前に持ってきてくれる。そこからは、少しだけ、病院を思わせる消毒薬の香りが感じられた。本当に、ほんのりとした程度の香りで、注意しなければわからない。

「病院の匂いだったら、リラックスできるはずだから、って教えてくれたのよ。あ、調合は、私の趣味。病院の匂いなんて、他には必要ないから、余りは帰りにお譲りするわね。昨日何度か試して、やっとできた自信作なのよ」

 何で病院なのかなと思ったけど、彼氏がお医者様ならわかるわよね。そう言って、彼女はころころと楽しそうに笑う。

 つまり、雅たちは彼女に、女性恐怖症という話も含めた事情を、事細かに説明し、さらに、最悪の事態の回避策も伝授していたらしい。その根回しの良さには、ますます頭が下がる。本人たちも、前日納期の仕事で手一杯だったはずなのだ。

 手の内を明かして、その皿は作業の邪魔になるので元の場所へ移動し、彼女は仕事を再開する。それと同時に、口も動く。リラックス効果と顧客観察もあるのだろうが、それ以上に、彼女自身がおしゃべりな性質だったようだ。

「さ、作り始めましょうか。二人とも、おばさんのおしゃべりに付き合ってちょうだいね」

 クスクスと自分で笑いながら、からかうようなことを言う孝子に、二人は深く頷いた。





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