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 土曜日。

 珍しく仕事が片付いている雅が、高井医院に姿をあらわした。

 高井医院は、土曜日の診療は午前中のみなので、午後からは自由だ。哲夫は先に宏春の部屋で待っていて、雅を一人で迎えていた。

「結婚指輪作るって?」

「女除けにね。やっぱり、普通の会社に入ると、女の人、多くって」

 結構辛いんだよ、と哲夫が本音を吐き出す。宏春の前では、わかってくれるし守ってくれる分、どうしても強がってしまう。それが、何故か雅には本音で話せるから不思議だ。

「ま、俺たちも作ってもらったんだけどね。友也、左手で竹刀持つでしょ? だから、オーダーメイドってありがたいよ。ぴったりに作ってもらえるから、特に邪魔にもならない」

 そう。雅の仕事のつてで、ジュエリーデザイナーとお知り合いになったのを機に、二人はそれを格安で作ってもらえたらしいのだ。その人を、今回紹介してもらうことになっている。

「でも、オーダーメイドって基本的に高くない?」

「そこを、安くしてもらうんだよ。そのための、紹介でしょ」

 肩にかかるほどのさらさらの髪を後ろで結った彼は、初対面当時の美貌に年齢相応の男の色気をまとって、絶世の色男に成長していた。その端正な顔を上手にゆがめて、彼は嬉しそうに笑う。

 この美貌を知っているから、哲夫は首を傾げてしまう。自分は仲間内では一番不細工な顔をしていると自覚があるから、この顔に群がってくる女性たちの美意識を疑ってしまうのだ。

 そもそも、哲夫の周りが揃いも揃って色男であるのが悪いのだが。

 と、ようやく診察が終わったらしく、宏春が部屋に戻ってきた。白衣を脱いで、ジャケットを羽織る。

「お待たせ」

「じゃ、行こうか」

 宏春が出かける準備をするのを待って、雅はそこに立ち上がる。哲夫も、それに従った。

 家を出て、宏春は首を傾げる。

「あれ? 友也は?」

「いつもの別れ道まで歩いて。車で迎えに来てくれるから」

 答えながら、雅は携帯電話をいじっていた。どうやらそれは、友也に連絡を取っていたものだったらしい。

 それにしても、友也は片手が使えない身体障害者だったはずだが。

「へぇ。免許、取ったんだ?」

「昨日取れたばっかりなんだよ」

「げ。めちゃくちゃ初心者じゃん」

 おっかねぇ、などと言って、哲夫が笑っている。宏春はというと、少し心配そうな表情をしていた。それは、初心者の運転する車に乗る安全性の心配ではなく、友也の健康上の心配なのだろう。免許証自体は、運転に支障がなければ発行してもらえるので、それが取れたとしてもなんら問題はないのだが。

「大丈夫なのか? 手とか」

 その宏春の心配に、雅は肩をすくめ、頷いてみせる。

「友也の場合、動かないといっても指先だけだろ? 補助器具つけて身障者マーク車に貼れば大丈夫らしいんだ。俺の車、パワステだから、片手でも動かせるし」

 今時パワステじゃない車も珍しいし、と言って、雅は全く心配していない様子だ。

 そんな話をしているうちに、『いつもの』交差点にたどり着く。そこは、まっすぐ行けば哲夫の実家、角を曲がれば雅と友也のそれぞれの実家がある、ちょうど分かれ目のT字路で、哲夫の実家に繋がるその向こうに、出身高校も駅もある。大変わかりやすい場所だ。

 そこに、既に見慣れた車があった。旅行好きな雅が皆を誘ってドライブに出かけるので、いつも利用するのがこの車なのだ。シルバーメタリックのプリメーラワゴン。新車で買ってすでに六年目の愛車である。

 運転席にいた人影が、三人の姿を見つけて、車を降りた。彼が、仲間内では一番の美人で、雅の恋人だ。この細身のどこにそんな力があるのか不思議になってしまうのだが、これでいて、身体障害者では最高の剣道四段保持者である。

「やっと来た」

 そんな風に文句を言って、やってくる彼らに微笑んで見せる。雅と付き合うようになって丸くなった性格は、雰囲気すらも穏和にしたらしい。彼の存在があるだけで、何だかほっとするのだ。まるで太陽のようなあたたかさだ。

「遅かった罰で、俺が運転しちゃおうかなぁ?」

「げ。頼むからやめてくれ。死にたくねぇ」

 なかなか酷い反応だが、哲夫が心底嫌そうにそう言って見せるのに、全員がけらけらと笑う。運転席には車の所有者である雅が座り、全員がそれに乗り込んだ。





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