資格を取ろう!




 基本的に、日曜日は全員休日だ。自営業の長峰夫妻は定休という概念がないので、仕事が立て込んでいない限り日曜日に休むことにしているし、世間一般に合わせて高井医院も土曜日は診療を行っている。唯一会社勤めの哲夫だけは週休二日だ。

 従って、皆で集まって何かしようという時に出席率が良いのも、哲夫だったのだが。

「てっちゃんがいないって珍しいよね」

「年度末で人手が足りないって、実家に呼び出されて行ったよ」

 三十も半ばを過ぎて、高井医院の若先生はだいぶ貫禄がついて来たし、デザイナーの二人は職業柄なのかますます年齢不詳の美人ぶり。薄毛の気になっていた哲夫も最近のケア商品のおかげか、若返ったくらいだ。旦那と同居するようになって、ストレスが減ったのと性生活が充実しているおかげだと、宏春は主張するが、果たして真相はどうなのか。幸せそうなのには違いない。

 実家に呼び出されたと聞いて、雅は不思議そうに首を傾げた。実家の言葉が指す意味はもちろんわかるのだが。

「繁忙期に手伝いに行って、役に立つのか?」

 それは、哲夫の実家が会計士という特殊な家業だという認識が根底にあっての疑問だった。素人が手伝いに行ってはかえって邪魔になるのではないか、というわけだ。

 そんな疑問を持つこと自体が不思議だったようで、宏春も不思議な顔をした。

「あれ? 知らない?」

「何を?」

「テツ、税理士免許持ってるけど」

 えぇっ、と驚いたのは友也も一緒だった。職業にしている分、弁理士の資格があることは知っていたのだが。

「まさか、他にも?」

「簿記は1級を大学の二年で取って、税理士が三年、弁理士が四年。社会人になってからIT関係の利用者側の資格を片っ端から取ってて、中小企業診断士も三年前に取ってた」

「……食いっぱぐれないな、あいつ」

「意外だ……」

 友也も雅も失礼な反応で、けれどそれはそれだけの能力があることを疑っているわけではない。弁理士だけですごいのに、他に手を出している余力に驚いたというところだ。

「でも、仕事に活きる資格だからなぁ。なくても困らないけどあったら便利ってことらしいよ」

 さすがにお互いのことは把握している旦那様が、自分のことのように説明してくれた。ついでに自分のことも。

「俺も大学二年までは余裕があったから、簿記2級までは取ってあるぞ」

 つまり、家業である医院の会計業務くらいなら、哲夫の手を煩わせる必要もないというわけだ。もちろん、監査に公認会計士を使う必要はあるのだろうが。

「医師免許だけで充分だろうに」

「まぁ、あって困る資格じゃないしなぁ。お前らは何かないのか?」

 集まったものの特に予定もなくて暇な三人は、長峰夫妻の自宅であるマンションでお茶を片手にこたつでのんびりしているところだった。そのため、話題がとりとめない。

 うーん、と問われた二人は顔を見合せた。

「仕事に関係するデザイン系の検定試験は取ってあるけどなぁ。あとはいろいろと運転免許?」

「いろいろって何だよ」

「大したものじゃないよ。普通免許の他に、大型と大型二輪と二種免許持ってるくらい」

「……大したものだろ。大型とか二種なんて、何に使うんだ」

 あっさり明かされたラインナップに、宏春が呆れたようにツッコミを入れたのだが。いやいや、と雅は首を振って返した。

「実際使ってたよ。前にお世話になってたデザイン事務所を辞めて独立してからしばらくは食えるほど稼げなくてさ。タクシーの運ちゃんとか大トラの深夜便とかバイク便とか」

「……テツより意外だろ、その経歴」

「そう?」

 自覚はないらしい。宏春は少し呆れたため息をついて、隣で楽しそうな友也に視線をやった。こちらはさすがに特殊な経歴はないだろうと、まるですがるような心境だ。

「友也は?」

「資格の欄に書けるような資格は、デザイン系の検定試験と普通免許くらいだよ」

「だよなぁ」

 雅が意外な職業遍歴を持っていたからこそ、かえってほっとしたのだが。隣の雅が友也本人が言わなかった事実を付け加えた。

「特技欄に合わせて15段も書ける人だけどな」

「バラバラの科目を合わせてもしょうがないじゃん」

 確かに合わせる意味はないが、それでもその数は尋常ではない。宏春もとうとう呆れたようだ。

「俺たちを意外だとか言える身じゃないだろ、友也」

「でも、合わせて7までは宏春も知ってるしさぁ、あえて言うことでもないじゃん?」

「それでもあえて教えろよ。テツにも伝えておいてやる。合わせて7っていうと、剣道が5段に算盤が2段だな?」

「剣道はこないだ昇段したよ。あとは、空手2段に合気道が3段、書道が2段」

「書道!? 何でまた?」

 右手の自由を失う前に持っていた算盤の段位と武道の段位ならば想像も出来たが、さすがに書道は驚いた。

 そもそも左利きに生まれついたおかげで両利きだったのだが、そのせいなのか細かい動きは両手共に苦手で、字は下手な方だったのだ。イラストレーターを職業にするくらいだったからこそ余計に不思議だと宏春にも哲夫にもからかわれていたのだが。

 宏春が大袈裟なくらい驚くのに、友也は苦笑を返した。

「利き手の矯正のために、ボールペン字を始めたんだけど、字が見られるようになったら文字デザインにも役に立つのに気がついてさ。和のデザインに書は欠かせないから、書道を始めたわけ。段位はついでだよ」

 段位評価のある分野で昇段を目指してしまうのは、武道家の性だ。級から始まる書道で段位を取った事実には驚く余地があるとしても、継続して訓練すればそれなりに上達する。まして、デザインセンスは元々備わっている友也なら当然の成り行きだった。

 いずれにしても、履歴書の資格特技欄が空欄にはならない四人組で。

「で、何の話だっけ?」

「てっちゃんがここにいないのが珍しいって話だよ」

 元々予定がない上に一人足りなくては何かイベントを起こす気にもならず。

 暇人たちの無駄話はとりとめもなく果てしなく、いつまでも続くのだった。



おしまい





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