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翌日、友也と雅は飛行機の中にいた。
季節は晩秋。北海道にはすでに雪が降り始めている。したがって、二人とも関東でも北海道でも何とかやり過ごせる暖かそうな格好をしていた。
雅は、ハイネックのセーターにジーンズ、足元はスニーカーで、普段の冬とあまり変わらない。一方の友也は、ストライプ柄のシャツに重ね着用の広襟トレーナー、キルトの巻きスカート、膝丈の黒い靴下に女性物にも見えるスニーカー。完璧な、女性だ。
実は、今回の旅行。費用を抑えるために、友也は女性になりきることにしたのである。つまり、旅行会社のハネムーンプランを活用したわけなのだ。
この季節、北海道は意外と穴場である。それに、冬を間近に控えて、海の幸はほとんど全てが食べ頃。これを逃す手はない、というわけだ。
そのためには女装も何のその、というより、友也自身はウエディングドレスで味をしめたらしく、意外と楽しんでしまっている。
ちなみに、今回の旅行の間だけ、名前を交換していた。友也は雅に、雅は友也に。友也、だと明らかに男だが、雅なら女で十分通用する、というわけだ。
自宅のある神奈川から札幌まで、電車と飛行機とバスを乗り継いで、約五時間。意外と近いものである。
今回、いろいろなところに節約して回ったお陰で、ハネムーン費用が意外と多く用意できたのも、一週間という長い日程の大きな理由になっていた。
さらに、二人の実家からお祝いとして少なくない金額をもらえたので、泊まるところまでリッチだ。なんと、初日は札幌でも指折りのリゾートホテルで豪華なディナーつきである。さすがにスイートルームとまではいかなかったが。
「楽しみだね」
「うん。ただ、一つだけ気がかりなのは……」
「ん?」
「ディナー、本当にフレンチで良かったの? 日本食の方が楽でしょ?」
「あぁ、なんだ。まだ気にしてるの? だから、言ったじゃない。ナイフが必要なものは、切り分けてね、って」
つまり、ほとんど気にしていないらしい。だったら良いけどね、と雅の方が心配しているくらいだ。
そんな、心配をしてくれる旦那様に、友也は嬉しそうにくすくすと笑った。
「雅が一緒のときはね。俺、自分の障害のこと、忘れてるんだよ」
「……え?」
「だって、雅は俺の右手でしょ?」
もう、すっかり頼り切ってるから。そんな風に自分の気持ちを言葉に表し、友也は右隣に座る雅に寄りかかる。
雅は、友也の右隣。これが定位置となって、早十五年以上。人生の半分を、彼に支えられて生きてきた。そんな実績が言わせた言葉に、迷いはない。
「俺、右手になれてる?」
「右手どころか。俺の半身だと思ってる。貴方がいなくちゃ、生きていけないよ。言ったでしょ? 息が出来ないって」
そっと、友也は雅にすがるように寄り添い、その顔を見つめた。それこそ、うっとりと。
飛行機の窓側の座席で、三列シートながら、一席空いているから、すっかりそこは二人だけの世界になっている。国内線で、フライトアテンダントの行き来も少ないところがありがたい。
「あれ、本気だったんだ?」
「当たり前じゃない。何? 雅は違うの?」
本気で驚いて問い返す雅に、友也は拗ねて唇を尖らせ、上目遣いに睨む。その表情があまりに可愛くて、雅には睨まれている自覚はなさそうだが。
とにかく、睨まれて、雅は驚いた表情のまま、いや、と首を振った。
「俺は、もう、友也なしでは生きていけないけどさ。友也にそんな風に言ってもらえるなんて思ってなかったから」
「……なんで?」
「んー。なんとなく」
「なにそれ」
もう、信じられない、と言いながら、友也はぷいとそっぽを向いてしまった。
長峰家に生まれた人間のサガなのか、友也はこういう中途半端な物言いが大嫌いだ。それは、恋人に対しても同様であるらしく、態度こそ可愛く拗ねて見せてはいるものの、声は自分に向けては聞いたことがなかった冷たいもので、雅は自分の失態を悟った。
「ごめん。たださ、友也っていつも冷静で、たまに情が薄かったりするから、俺のことも一歩退いて見てるのかなって、勝手に思ってただけなんだ」
「……そんな付き合いなら、二十年近くも付き合えないし、結婚しようなんて思ってない」
「うん。そうだよね。ごめん、俺が悪かった」
「ホントに、悪かったって思ってる?」
「思ってるよ。お詫びに、この旅行中は何でも言うこと聞くから。ね?」
「……何でも?」
「……友也、恐い」
今まで怒っていた友也の、悪戯っぽい聞き返しに、宥めにかかっていた雅が自分の失言を察して、声を低くした。すっかり曲がっていたヘソは、元に戻ったらしい。それは良いことなのだが、雅にとっては一難去ってまた一難。気の休まる暇がない。自らの言葉が全ての元なのだから、仕方がないのだろうが。
「あんまり無茶なことは、言わないでくれると助かる」
「ふふっ。冗談だよ」
「本当に?」
「本当に。楽しい旅行にしようね」
言うなり、友也はその恋人の頬に軽くキスをした。周りは誰も見ていなかったらしく、こちらを注視する視線も感じないが、さすがに驚いて、雅は大きく目を見開くと周りを見回した。そんな雅に、友也は実に楽しそうに笑った。
結婚式から数えて二度目の土曜日。
北海道旅行から帰ってきた二人のマンションに上がりこんで、クール便で送ってあったお土産のカニに舌鼓を打ちつつ、宏春と哲夫は土産話を楽しそうに聞いている。
普段から、ドライブが趣味という雅が友也を連れてあちこちへふらりと出かけるので、話し手聞き手の役割は変わらない。
「何を今更なこと言ってるかねぇ。雅が友也の我儘聞くのは、今に始まったことじゃないじゃん」
結局、一週間通してやはり甲斐甲斐しく雅は友也の世話を焼いていて、それ自体は付き合い始めた頃から変わっていないので、傍でずっと見てきた宏春には今更で面白い。
けらけらと楽しそうに宏春が笑って、哲夫はカニに齧り付きながら目だけニヤニヤと笑っている。
「そんなに我儘言ってる?」
「……うーん?」
からかわれた友也と雅は、顔を見合わせてしまった。つまり、双方ともに自覚はないということで。
「良いんじゃないの? 自覚がないんなら。相性バッチリってことじゃん」
カニで汚れた口元を拭いながら、哲夫はふふっと笑った。
「ま、末永くお幸せに、ってね」
「うわぁ。林先輩と同じこと言ってら」
「だって、他に反応のしようがないだろ。このお惚気夫婦には」
「まぁな」
あはは、と宏春と哲夫が笑っていて、友也と雅は何だか納得行かない表情で。この四人では珍しい対比だが、それもまた良し、といった所か。困ったように友也は笑うと、雅に身を預けた。
さて、この四人の仲は、いつまで続くのか。
全員が白髪かハゲかのおじいちゃんになっても、縁側に並んで座ってのほほんと茶でも啜っていそうな将来が予想できて、四人は四様に苦笑するのだった。
おわり
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