ウエディング 1
友也が漏らした愚痴が、その一大イベントの発端だった。
「こないださ、珍しく仕事が早く片付いたから、雅が道場に迎えに来てくれたんだけどね。夕飯ご馳走になってる時についてたテレビでニュース番組の特集やっててさ。ブライダルコーディネーターがどうの、ってヤツ。あれから、うちのじっちゃんがうるさいのよ。友也のウエディングドレス姿を見るまでは、死んでも死に切れ〜ん、って。縁起でもないこと言うんじゃないって叱ってるんだけど、もう、しつこくて」
「っていうか、え? 籍入れてなかった?」
「式は挙げてない」
なるほど、と頷いたのは、聞いていた側の宏春で、それからなぜか、人の悪そうな笑みを見せた。この表情をした時は、人間は大抵、何か悪巧みを企んでいる。
「だったら、一緒にやるか? こっちもそろそろ考えようと思ってたとこだし」
「ちょっと、ヒロ。ヤダって」
「良いじゃん、一回だけだし。それに、母さんズを黙らせるには、やっちゃうのが一番だぞ?」
どうやら、こちらも同じように、家族にせっつかれているらしい。嫁の立場な哲夫はむすっと唇を曲げ、傍らで宏春は楽しそうに笑っている。それから、唯一、まるで傍観者のように、ただ黙って微笑んでいる雅に気付き、顔を覗き込んだ。
「雅は? イヤか?」
「俺は、友也の好きなようにすれば良いと思ってるから。ドレスを着るのは友也だしね。ただ、きっとすごくキレイだから、見てみたいとは思うけど」
つまりは、どちらでも構わないらしい。
そういうわけで、友也も仲間がいればその気にもなれるらしく、哲夫は旦那に押し切られる形で、そういうことになった。
場所は、全員の高校向かいのイベントホールである。小規模なライブやどこかの企業の会議など、多目的に使用される民間のレンタルホールであるが、この内装や看板デザインなどを手がけたのも、実は雅と友也が経営する『長峰デザイン事務所』だった。今や全国レベルに名を知られはじめている彼らも、当初は地元を中心に仕事を取ってきていたその一つである。
そんなコネで、ホールは格安の値段で一晩貸切となった。長峰、高井、両カップルの結婚式および披露宴のためだ。
集められた客は、それはそれはすごい面々だった。男同士という禁忌のカップルの結婚披露宴には、とても考えられない肩書きがずらりと並ぶ。
まず、高井医院の常勤非常勤含めた職員が全員、哲夫の会社の上司、長峰デザイン事務所のアルバイト三人に、お世話になったデザイン界の先輩諸氏。デザイナーの各位はそれぞれにその世界では最高峰に近い実力者ばかりで、中にはテレビでも馴染みの深いファッションデザイナーも含まれている。そして、長峰剣術道場の中でも選りすぐりの古株たち。それに、彼らの大学での友人に、高校の友人が多数。高校は県下一位の進学率を誇る名門で、大学も東大、慶応、東京医大と、有名校揃いなので、集まった彼らの肩書きも他分野に渡ってキャリアの地位にあるものばかりだ。
さらに、集まった祝電も早々たる名前が並んだ。市長、市民病院院長、県精神科医師会会長、県弁理士協会代表、全日本剣道連盟理事会。これすべて、彼ら自身で勝ち得た人脈である。恐ろしいことに。
そんな参加者の中に、一風変わった経歴の持ち主がいた。高校での一つ上の先輩で、長谷洋食店の三代目。高校では生徒会長を務め、大学も東大法学部、将来は検事か弁護士か、と思われていた彼は、しかし、司法試験に受かって研修も受けて弁護士バッチを手にした途端に、突然単身フランスに渡り、その後イタリアまで行って、帰ってきたら実家の洋食屋を手伝っていたという、とにかく不思議な経歴を持った人だ。
ちなみに、この日のブッフェメニューを用意してくれたのも、長谷洋食店の皆さんである。
その長谷洋食店の三代目オーナーシェフは、挨拶にやってきた四人に対し、のほほんとワインを楽しみつつ、からかうようにニヤリと笑った。
「お前ら、ホントに長いよな。生涯一人で良いわけ?」
「長谷先輩みたいにフラフラしてると、一生独身になっちゃいますよ?」
「相変わらず、辛いねぇ、『氷の女神』様は」
言う割に特に傷ついた様子もなく、彼はさらりと笑って返す。
懐かしい呼び名を久しぶりに聞いて、今日は純白のドレス姿な友也は、苦笑を返した。
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