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しばらく浸かっていて、最近考えていることが、ちらりと頭をよぎる。
「俺さ」
「ん?」
大怪我していても入りたがったくらいの温泉好きな友也が、無心の境地でいながら相槌だけ返してきた。聞いていないのは分かるので、思わず笑ってしまう。
「最近、グラフィックデザイナーとか、良いかなって思うんだ」
「将来のこと?」
聞き返して、こちらを見る。ちゃんと聞いていたらしい。
実は、友也には将来のことはちゃんと話したことがない。結婚できる関係ではないし、一生一緒にいようね、も、恐くて約束できなかった。一生友也を愛し抜く自信はあるけれど、それを友也に押し付けたくなかったし、右手が使えないのを気にしている人だから、きっと言っても軽くごまかされるんだろうとは想像がつくから。俺だけが、覚悟を決めていればいい話だから。
初めて話す将来の話を、友也は真面目な表情で聞いてくれた。
「絵は好きだけど、だからといって芸術家ってタイプじゃないし。でも、絵に関係する仕事をしたいな、って思って。手始めに、デザイン事務所にバイトで潜り込めないかな、とかね。結構本気で考えてる。いずれは、独立したいよね」
「へぇ。いいんじゃない? 雅の絵、ホノボノ系でオリジナリティもばっちりだし。いけると思う」
うわ。さりげなく誉められちゃった。嬉しいねぇ。友也に誉められると、何だかくすぐったい。
いやいや、本題はこの先だ。
「つきましては、独立の暁には、一枚かみません?」
そう。そういうお誘い。相談無しに同じ構図の絵を描いたくらいの相性の良さだ。このカラーは、強みになると思う。それに、一緒の仕事を共同でしていれば、結婚、なんて形がなくてもやっていけると思うのだ。
そんなお誘いに、一瞬きょとんとした表情で俺を見つめた友也は、それから少し不機嫌になった。ぷっと頬を膨らませて、そっぽを向く。そんな、怒らせるようなことは言った覚えがないので、びっくりした。
「え、何?」
「一緒にやろう、とか、そういう風に誘ってよ。一枚かむ、なんて、お客さんみたいじゃない」
本気で怒ったわけではないことにほっとして、それから苦笑した。ごめんね、と謝る。それだけじゃ機嫌を直してくれないので、抱きついて、こめかみにキスをした。頬にも。瞼にも。耳にも。唇にも。
なし崩しに持ち込まれるのを嫌がって、友也が腕を突っ張る。でも、瞳は快感に潤んでいて、俺の理性を試さんばかりに欲情を誘っている。
「好きだよ。雅。今まではずっと、雅の重荷になるのが嫌で、誤魔化してきたけど。そんなんじゃ誤魔化せないくらい、愛してる。一生、そばにいて欲しい。それを、雅も望んでくれたら嬉しい」
それは、心臓直撃の大告白で。何しろ、付き合い始める前からずっと、俺のほうからはせっせとアプローチをかけていたけれど、友也はそれを受け入れてくれただけであって、そういえば、好きだなんて一度も言われていなかった。そんなのは、彼の態度を見ていれば分かる話だから、気にもしていなかったけれど。
もう、自分を抑えるなんて、出来なかった。ばっと抱きついて、無理やり唇を奪う。手の平はまったく動かない右手を、俺にすがりつかせてくれる。俺を信じてくれるから、出来ることなんだ。弱点を、晒すなんて。本気で相手に命を預けられなければ出来ないことだ。だから、嬉しくて嬉しくて、さらに抑えが利かなくなる。
「愛してるよ。友也。一生、一緒にいよう?」
「うん」
さも当然のように頷く友也が、ちょっと憎たらしい。俺はこんなに感動して心臓バクバクなのに、平然としているんだから。
そう思ったら、何だか、友也を恥ずかしがらせてみたくなった。丁度誰もいないし。
友也の感じるところなんて、もう、知り尽くしている。一番弱いのは、肩の傷なんだ。まったく、もう。だから、余計愛しいんだけどさ。
友也と付き合い始めて、自分がどれだけ友也に飢えていたのか、思い知った。一度抱いたら、もう、後戻りできない。際限なく追い詰めてしまう。そして、氷の仮面の下に隠された友也のイク時の顔を一度見てしまったら、他の女も男も、路傍の石でしかないんだ。
友也が欲しい。
身も。心も。すべてが。
これが、俺の、唯一の宝物なんだ。
翌朝。
チェックアウトギリギリまで布団から出られなかった友也が、家に帰り着くまで一言も喋ってくれなかったのは、きっと俺に反省を促しているんだと思う。
ごめんなさい。
深く反省。
だから、機嫌直して、また、どこかに旅行に行こうね。
ね、友也。
おしまい
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