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 稲取温泉で運良く空き部屋有りの旅館を見つけ、そこで落ち着くことにした俺たちは、旅館の食事は予約制のため、女将に紹介してもらって、近所の漁師料理の店に夕飯を食べに出た。歩いて5分だというので、潮の香りのする通りを二人並んで歩く。今日は月が出ていない代わりに、星が綺麗だ。

 昼間は気づかなかったが、俺も友也も良い具合に日焼けしていて、二の腕辺りを触るとひりひりと痛い。日焼け止めを塗り忘れたせいなのだが、友也が「日焼け止め塗ってきたのになぁ」とぼやいているところを見ると、焼け石に水、といったところのようだ。

 女将さんは、どうやら二人で行くと口利きしてくれていたらしく、店に着くとすぐに席に案内してくれた。この時間、漁師料理の店といえば、基本的に酒の肴と同義であり、問題は、俺たちは二人とも、まだ未成年だということだ。が。

「生二つ」

 未成年だ、との自己申告をする前に、友也がさらりと注文してしまった。いいのか?と顔を見やると、友也はくすりと笑って見せる。

「旅先だし。もう今日は車運転しないから飲酒運転にもならないし。とぼけてれば分からないって」

 そりゃ、確かに。未成年の飲酒は駄目、とか言いながら、新入生歓迎会で新入生が一気飲みさせられていても、店側は何も注意しないし。いいんだろう、きっと。

「へい、お待ち」

 どん、と置かれたのは生ビール。ジョッキで2杯分。と、御通しが二皿。乾杯、と囁き合って、ジョッキを軽く合わせる。実はザルの部類に入る友也が、ぐいっと半分くらい飲み干してしまった。この辺、勝てないんだよな。俺なんて、中ジョッキ2杯が限界なのに。

「すいませーん」

 ジョッキを置いて、友也がカウンターの中に声をかける。

「塩辛と金目鯛の煮つけとゲソのから揚げ。あと何が良い?」

 立て続けに3品言って、俺に振る。いい、と首を振ると、以上で、と締めた。参った。友也って、飲みに行く頻度は低いのに、俺なんかよりよっぽど居酒屋慣れしてる。いや、まるで中年のサラリーマン、っていう説もあるけど。

「爺さまに連れられて、子供の頃から、こういうお店は来てるから。こっちが元気良くしてると、お店の旦那さんがおまけしてくれたりすることもあるし。あ、ここ、おいしいお酒揃ってるじゃん。日本酒にしようかな」

 言い訳するようにそう説明して、友也がメニューに視線を落とす。おまけしてくれることも、なんて言われて、カウンターの中の店主が苦笑した。

「はい、塩辛、お待ち。今日のお勧めは石鯛の刺身と、あわびの踊り焼き。うちの一番人気は、当店オリジナルの厚焼き玉子だよ」

 なるほど、こちらが元気良くしてると、店主も機嫌よくいろいろ勧めてくれるわけだ。何にしようか迷ったら、聞いた方が良いもんな。そういう利点もあるわけだ。納得。

 どうやら友也の元気の良さが気に入ったらしく、店主にいろいろ良くしてもらって、会計時には端数をおまけしてもらって、満腹で店を出たのが22時を回った頃だった。
 右手が不自由なのに気を使ってもらったのかもしれないが、別に気にもならないくらいに自然で。大満足である。

 宿に戻ると、すでに布団も敷かれていた。備え付けの浴衣に着替えて、大浴場へ移動。
 一般に、観光地の22時は遅い時間に入るらしく、露天風呂もある大浴場には、先客が2、3人しかいなかった。それも、どうやら、旅館の従業員であるらしい。入っていった途端に、そそくさと出て行ってしまった。

 肩まで湯に浸かって、友也が気持ちよさそうなため息をつく。その友也を少し離れたところから眺めてみた。
 友也の身体は、とにかく傷だらけだ。今でこそ、身体障害者初の有段者としてその道の人に名を知られる有名人だが、そうなるためには血のにじむような特訓に耐えてきているわけで、良く見ないとわからないような小さな傷跡が、それこそ体中にある。それよりも、他の傷が大きくて目立たないだけだ。
 他の傷。右腕と、右肩と、右の足首。いずれも10針以上縫う大怪我で、今もその傷跡は生々しい。

 俺にとってはその一つ一つが、友也がここにこうして生きていてくれる証であって、大切な宝物なのだが、本人には嫌な思い出でしかなくて、あまり傷を直視しようとしない。それでも、俺がそれを愛しそうに撫でるのには、そろそろ慣れたらしいから、吹っ切れるのももう少しかな、と思うのだが、どうだろう。

 つい、と泳いで近づいていって、驚かせるつもりで、そっと肩の傷に触れてみた。ひゃあっと変な悲鳴をあげるのに、思わず笑ってしまう。
 この肩の傷が、俺には一番大事。俺を悪漢の手から救い出してくれた、その時の傷だから。俺の不甲斐なさのせいで出来た傷だけど、だからこそ、大事に思う。この傷を見るたびに、触るたびに、もっと強くならなきゃ、って思う。再認識する。

「もう。いきなり触らないでよ。くすぐったいじゃない」

 ぐっと身体を曲げて、触られたところを手で覆って、抗議の声をあげる友也が、可愛いと思ってしまうのは、それだけ惚れているせいなんだろうな。

 しばらく内湯で温まってから、二人揃って露天風呂に出てみた。まったくの外になっていて、見上げると星が見える。ただ、周りの高い竹や木が人の目を遮っているだけだ。一方だけ開けた先は崖になっていて、その先に海が見渡せる。

「気持ち良いねぇ」

 腰から下だけ湯に浸かって、縁に手をついて友也が空を眺める。下半身は温かく、上半身は夜風に当たって涼しいので、丁度いいらしい。





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