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下田の町は難無く抜けて、さらに先に車は走る。目的地は石廊崎。伊豆半島の最南端だ。
カーナビがあるにもかかわらず、友也にこっちこっちと教えられながら着いたその場所は、実に寂れた入り江の港町だった。
収入の大部分は、石廊崎を訪れた観光客が落としていく駐車場代と御土産代くらいなのだろう、そう思わせるような、絵に描いたような港町だった。遊覧船が30分に1回の頻度で行き交っている。
町営駐車場に車をとめ、スケッチブックと水彩色鉛筆と水筒を持って、俺たちは坂を上り始めた。
途中、植物園だかテーマパークだかよく分からない公園の中を通り抜け、灯台の方へ進んでいく。道は綺麗に整備され、きっと女性のサンダル履きでも特に危険はない。
石廊崎は、岸壁に建つ海の神様を祀る神社、石室神社の境内に位置付けられている。灯台を通り過ぎたその先が、神社の敷地になっているらしい。船のマストを梁にして岸壁に張り付くように建つその神社は、何だか地元の信仰の深さをしみじみと思い知らされるものだった。
神社に御参りして、友也は俺を連れ、灯台の方へ戻っていく。途中、道を外れ、岩場に上っていった。この上から見る景色が格別なんだ、と笑って。
かなり急な岩場を登り、頂上に立って、俺は思わず歓声を上げた。
友也が推薦するだけのことはある。複雑に入り組んだ入り江、エメラルドブルーに輝く海、通り過ぎていく遊覧船。そこをそのまま切り取っただけで、素晴らしい絵になる。
「すげぇ」
「でしょ? 俺のお気に入り。あまり人も来ないし、いいんじゃない? ここ」
いいんじゃない?も何も。気に入った。さすが、友也のセンスに任せておくとはずれが絶対無い。声にならず、こくこくと頷くくらいが関の山で。
それを了解と取ったらしい友也がそこに座り込むのに真似をして、隣に座った。岩のごつごつが気にならないのか、友也は自分のスケッチブックを取り出し、鉛筆で早速描きはじめてしまう。
「お尻、痛くない?」
「心頭滅却すれば火もまた涼し。なんちゃって。ちゃんと敷いてるよ。ほら」
ほら、と言って尻を上げる。確かに、画材を入れてきたサックを敷いて座っていた。なるほど、そうすればいいのか。思わず納得。それもやっぱり、真似をすることにした。
友也が一番得意とするのは、鉛筆画であるらしい。迷うことなく、ささっと鉛筆を走らせていく。ものの5分ほどで輪郭ができてしまった。まるで魔法のようだ。
俺も負けじとスケッチブックに色鉛筆を走らせた。水筒に入れてきた洗い水で筆を洗って、色を薄く延ばしていく。この力強い主線も微妙な色加減も結構自由自在な水彩色鉛筆は、俺の気に入り画材だ。水をつけることで、色が伸びる。そこは、水彩と同じ。でも、色鉛筆のタッチも残る。この感じが、最近たまらなく好きだ。色鉛筆セットと水だけでいいから、持ち運びも便利だしね。
しばらく、二人並んで黙々と自分のスケッチブックに向かっていて、ふと、友也のスケッチブックを覗き込んだ。そこに、もう出来上がりに近い絵が浮かび上がっていたのだが。
「まったく同じ風景だなぁ」
自分のと見比べる。まるで、俺の絵を白黒にしました、と言わんばかりの絵に仕上がっていた。どれどれ、と友也が俺のを覗き込んできて、急に笑い出す。
「凄いねぇ。縮尺までまったく一緒」
実は分身?などと笑って、友也が俺に寄りかかってきた。鉛筆を置き、そっと目を閉じる。
「聞こえる? 波の音」
言われて、俺も目を閉じた。どこかの岩場に叩きつけられているのだろう。ザーン、ザーン、と音がする。足を踏み外したら間違いなく海にまっさかさまのがけの上で、海岸までこんなに遠いのに。背後では参道を走っていく子供のはしゃぎ声なども聞こえるのに。
「自然の音だな」
「う〜ん。心が洗われる」
うふふ、と満足げに笑って、友也はまた俺の左肩から離れ、絵を描き始めた。しばらくその友也を見ていたが、やがて、俺もまた、続きを描きはじめる。
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