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 先生がいなくなったとたんに、転入生はクラス中の男たちに囲まれた。おかげで、宏春の席が群衆に埋もれてしまって、のんびり座っていられる状態ではない。

「すごい人気だなあ」

 そう、改めて口にしたのは哲夫だった。俺はもう声を出す元気も失せていたし、宏春は呆れたように自分の席の方を見つめている。
 校内の有名人よりも、目新しいものの方が人の興味を引くものらしい。俺が同じクラスになったからといって、ここまでの騒ぎにはならなかった。それとも、俺の『氷の女神』という名前のせいだろうか。

「んで? 友也は夜中の三時まで、何やってたって?」

 哲夫の机の上に座って、宏春はそう言って自分の机に座った俺を見やった。行儀が悪いのはわかってるが、多分もう直らないだろう。中学の時からだ。哲夫もそれを聞いて心配そうに俺を見上げてくる。

「何って、仕事だよ。明日入稿日だからさ。今夜は徹夜決定」

「明日学校休みで良かったな。今度は誰の?」

「三井さゆり先生。一昨日会ってきたんだけどね。美人だよ、すごい。小説家って、部屋の中に閉じこもってるもんだろうに、すごい美人」

「友也がそこまで絶賛するってことは、本当に美人なんだな」

 へえ、と宏春が感心したように言った。宏春の曰く、俺の人物評はかなり信憑性があるらしい。俺自身に自覚は全然ない。

「それにしても。かなりやばいよな、彼氏」

 そうぼそっと呟いた哲夫の声に、俺も宏春もはっと顔を見合わせた。俺たち三人が揃ってやばいと感じた相手は、本当に危ない。

「ああ、かなりな。手としては、『太陽の女神』に俺が押しまくるか、友也が四六時中べったり張りついてるかだけど」

「つまり、俺に、転入生氏にはっついてろって言いたいわけね」

 まあ、確かに、俺の側にいれば絶対に安全だろうけど。何しろ俺には、去年の今頃強姦を仕掛けてきた当時二年の不良グループを返り討ったうえに病院送りにして、俺自身は証拠不十分でお咎めなしという、立派な前科がある。俺の気に入りともなれば、どんな命知らずだって手を出して来はしないだろう。
 そのおかげで、一般的には十分いい男な宏春と哲夫もこうして無事なのだ。『氷の女神』なんて名前で自分を守っているわけではないし、俺にはそんな必要もない。

「お前に異存はないだろう? 一目惚れの相手だもんなあ」

「ひ、ひと……って、あのねえっ」

 柄にもなく、真っ赤になって慌てて声を上げてしまった。そんな俺の反応に驚いて、哲夫が俺と宏春を見比べる。

 否定のしようがなかった。昨日すれ違った瞬間に、一目惚れしていたのだ。色恋沙汰には人一倍敏感な宏春である。隠しておけるわけがない。しかも、その場に一緒にいたのだから。

「そっかあ。友也もようやく、一目惚れとかできるようになったのかあ」

 やけに感慨深そうにそう言われて、俺は肩をすくめるくらいしかできなかった。ちょっと前までは恋愛恐怖症で、人と話すだけでもびくびくして身構えていたのである。その頃に比べたら、よほどの進歩なのだ。
 今の俺からは想像もつかないが、あの頃は本当に、この二人がいなかったら生きてこられていないと思う。だから、何だかんだ言っても頭が上がらない。二人とも、当然のように助けてくれたから、貸しだなんて思ってないのだろうけど。

「どんな人だって、惚れるときには惚れちまうってことさね。ま、友也としては、すごい進歩だろうけどな」

「本当。あの時は、このまま死んじゃうんじゃないかって不安だったもんなあ。人間って、成長するもんなんだね」

「もうっ。勝手に言ってろよっ」

 ふんっと外方を向いた俺を見て、二人は顔を見合わせ笑っていた。どうも俺は、この二人の遊び道具になっているらしい。別にかまわないけど。





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