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 友也と正式に付き合うようになったのも、伊豆だった。西伊豆、堂ヶ島温泉。当時高校2年生だった俺たちにとっては、友也が大怪我をしていたこともあり、結構大冒険だったと思う。あの時、車があったら、もうちょっと楽だったんだろうな、と思うのだが、年齢的に無茶か。

 そのときも一緒だった、宏春と哲夫のカップルは、今、同棲中だという。両親には、仲の良い友達、で通している二人だが、それはもう、本当に仲の良い友達で、というか、あの阿吽の呼吸は夫婦の域に達している。そういえば、大学に進学してから、あまり会わなくなったな。今更気づいた。

 思い立ったらすぐ行動できるのが、大学生の強みだ。平日は使わない父の車を拝借して、朝も明けやらないうちに家を出る。大通りまで出てきてもらった友也を拾って、いざ、出発。
 カーナビ付きだから、道を知らなくても迷わず行けるはずだ。伊豆は、ドライブとしては十分日帰りコースだった。厚木まで出て30分。そこから小田原厚木道路で箱根に出て、箱根新道を登って1号線で山を下りると、そこはもう、三島市内である。

 箱根の山のてっぺんで、海から昇る朝日を見た。いつの間に買っていたのか、友也が自分のものらしいデジカメで、右手が不自由なのを感じさせない器用さで、その朝日を撮影していた。そんな姿を見ながら、にやにやと笑っている自分を省みて、怪しい奴、と自己嫌悪。ふと俺のほうを見た友也が、どしたの?と不思議そうに首をかしげていた。

 三島から、伊豆の中央をまっすぐ南下する。友也のお父さんが実は伊豆好きで、日帰り旅行は少なくても半年に一回は行っている、という頻度だそうだ。だから、伊豆の道は、実は友也に任せておけば、どこで渋滞してどこが穴場か、よく知っている。海の絵を描く、という目的から、石廊崎を勧めるくらいには、友也も伊豆は詳しい。

 そんな長峰親子のアドバイスから、行きは中伊豆を観光しながら下って、石廊崎を少し遅めに出て夕焼けの西伊豆から帰るか、渋滞にはまりながら伊豆高原で遊んで帰るか、が一番疲れないルートなのだと教わった。
 夕方は東も西も中も渋滞するのには変わりないので、それだったら帰りは遊びながら寄り道しながらゆっくり帰った方が良いのだそうだ。

 中伊豆を南下して、友也が寄り道場所に選んだのは、浄蓮の滝。まさに、天城越え。演歌の世界だ。
 が、友也に連れられて滝のそばまで行って、寄り道を納得してしまった。夏だから、滝のそばはとても涼しい。滝のそばだから、マイナスイオンも豊富。それより何より、この清廉な空気が、身も心も洗い流してくれるようだ。
 この川の水が綺麗なのは、川岸に広がる山葵田でわかった。山葵は綺麗な水でしか育たない。これが、伊豆の特産品だということは、伊豆は川の水が綺麗だということだろう。
 滝壷の青緑色が、その水の清潔さを表している。天然記念物に指定されている、世界でここにしかないシダの存在も、その証拠の一つだろう。

 ぼうっと滝に見入っていると、友也が俺の袖を引っ張った。友也が指差す方に、友也のカメラを構えた青年がいて、どうやら撮影を頼んだらしいことが分かる。
 遠慮なく俺に擦り寄ってくる友也の肩を抱いて、俺もそのレンズに注目した。こんな不自然な行動をする俺たちがまったく気になっていないのか、頼まれてくれた青年が、撮りますよ〜と手を振った。

 デジカメの凄いところ。現像しなくても写真の出来がわかる。ちゃんと撮れているのを確認して、青年が人のいい笑顔でそこを立ち去っていった。向こうに女性を待たせているところを見ると、カップルらしい。二人とも、大きな一眼レフカメラを首に下げていた。

 滝のそばは木が茂っていて、滝のおかげで空気も澄んで涼しかったので気づかなかったが、駐車場に戻った途端、すでに高く昇った太陽が、アスファルトが溶けるほどの光線を浴びせていた。
 時刻はすでに9時を回っている。滝に行って帰ってくるだけで、1時間も経ってしまったらしい。まぁ、少し川遊びをしてきたせいだろうが。

 駐車場の周りには土産物屋が並んでいて、丁度開店の時間のようだった。友也が、ラッキー、と呟いて、土産物屋に走りよっていく。土産物屋に、ではなく、ソフトクリーム屋が目当てだったようだ。

「おばちゃん。わさびソフト、二つ」

「あいよ」

 威勢の良い声で答えて、中年の店員が手早くソフトクリームを作る。薄緑色のソフトクリームだった。ちょいちょい、と手招きされて、俺もそちらに走り寄る。右手はまったく使えない友也だ。ソフトクリームを二つも、受け取れるはずがない。

 それは、本当にはっきりと、わさびの味がした。あまり辛くなく、わさび独特の風味が利いている。これは、確かにうまい。
 熱くなった車の中の空気を冷ましている間に、俺は全部食べきってしまった。頭痛に襲われて、うずくまる。まだ半分くらいの友也が、くすくすと楽しそうに笑った。





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