ドライブドライブ 1
「次の展覧会のテーマはずばり、海だ!」
それが、絵画サークル部長の御言葉だった。後から聞いた話では、毎回違うそのテーマは、前回の展覧会のアンケートとOB会の鶴の一声によって決められているらしい。よって、ミーティングを開いて相談するまでもなかったのだ。
絵を書き始めたのは、小学4年生くらいだったと思う。図画工作の授業で絵心がついてきて、自分の思うように手が動くようになってきた年齢だ。
きっかけは、幼稚園のときに友也が描いた絵。押入れを掃除していたら出てきた品で、もうボロボロだったのだが、友也が書いた絵はそれだけで、しばらく見入っていた。お絵かきの時間に、友也とお互いの似顔絵を描きあって、なかなかの出来だったのが気に入ったらしく、交換したのだ。当時から、友也も自分も、けっこう絵の才能があったのだろう。
そんな、小学4年生にしては歳不相応な不純な動機で始めた水彩画だが、中学で美術部に入って描きまくっていたおかげなのか、自負できるだけの腕前にはなっている。これを本職にするつもりはないが、一生涯の趣味には十分だろう。
大学に入っても、絵を描く趣味だけは譲れず、体育会系のサークルが多いこの学校において、あまり人気のない絵画サークルに入ったのも、そんな理由だった。
友也はといえば、授業が終わるとそそくさと自宅に帰ってしまう生活を、ずっと続けている。CGの技術力が上がってきて、友也の実力、作風が世の中に認められだしたようで、仕事でてんてこ舞いなのだ。
それだけではなくて、自宅の道場で小学生以下の部の師範のバイトもしているから、大学の友人関係を築く余裕もない。まぁ、必要なら俺が助けてやれるし、特に友也には必要ないしね。授業と休み時間だけでも、友達は十分多いから。
季節は夏。そう、すでに夏休みに入っている。大学1年の夏は、俺みたいにバイトをしていない人間にとっては、一生でもっとも暇な時期でもある。
なにしろ、本当に何も、やることがない。通年の授業などほとんどない学校だから、宿題もないのだ。やることといえば、こうして部室に顔を出して、絵を描くことくらい。
この大学の学祭は11月である。だから、出品用の絵をあせって描く必要もない。だが、まぁ、暇だしね。絵描き旅行も悪くないかもしれない。
夏は、友也が非常に嫌がる季節だ。なにしろ、洋服が薄手になる。袖が半袖以下になる。露出度が高いのは女だけではない。人目につくことを極端に嫌がる右腕の傷が、露になる季節だ。
それは知っているから、さすがの俺も、かなり躊躇した。海に行こう、なんて。
だからといって、あんな、人の大勢いるような場所に、一人で行くのは嫌なので。
「なぁ、友也。海、行かない?」
結局は、誘ってしまうのだが。
「海?」
「そ。今度学祭にあわせて展覧会あるんだけどさ、御題が『海』なんだよ。で、一人で行ってもつまらないしね。行かない?」
友也とのことは、うちの母以外はみんな認めてくれていて、俺はいつも、堂々と友也の部屋に上がりこんでいる。エッチなことも、遠慮したことがない。
剣道家の御祖父さんは、これがなかなかひょうきんな人なのだが、友也が嬉しそうな声をあげているのが、恥ずかしい反面、嬉しいのだそうだ。まぁ、友也の過去が過去だから、わからなくもないのだけれど。
「海、かぁ。今の季節、砂浜は芋洗い状態だし。どこに行くの?」
あ、そうか。忘れてた。夏は海の季節なのだから、絵など描ける環境ではない。考えてなかったなぁ。
「どうしよう?」
本気で困って聞き返したら、くっくっと友也に笑われてしまった。
「石廊崎あたり、どうかな? 晴れてると、海が青緑に見えて綺麗だよ」
乗せてくれるんでしょ? そう、甘えた表情で問われて、俺は苦笑した。高校を卒業して、友也は俺よりも仕事優先だったから、とにかく暇で暇で、春休みのうちに自動車の運転免許を取ってしまっていたのだ。
とはいえ、大学が駅に程近くて、乗り換え1回で行けてしまう便の良さだから、すっかり週末ドライバーになってるけど。
「初遠征だ」
「だね。恐くないの?」
「事故っても、二人一緒なら別にOK」
ふふん、などと笑ってくれるが、それを聞いて、俺は複雑な気持ちになってしまった。要は、信用してくれているのだろうが。友也の腕は、交通事故が原因だから。トラウマが甦らないのが不思議なくらい。
でも、いくら人の少ない場所に行くとはいえ、この季節、人目のないところなんてそうそうないし。いいんだろうか、引っ張りまわしても。
「どうせだから、あっちこっち寄り道してこようよ。運転しっぱなしじゃ、疲れちゃうでしょ? 俺、運転変わってあげられないからさ」
わーい、久しぶりのデートだぁ、なんて喜んで、友也が俺の左腕にすがりつく。友也は俺の左隣、が定位置で、俺はその身体を抱き寄せた。一度交わった後で、一仕事した後の開放感に友也の肌のすべすべがとても気持ち良い。
こうして抱いていると、また、欲しいという気持ちが湧き上がってくる。若いから、なんて自分に言い訳をするけれど、もう、友也は俺専用の麻薬のようで、切れるといられない。長い間離れなければならなくなったら、自殺してしまうかもしれない。そのくらい、中毒だ。貪れるときは、際限なく、責めまくってしまう。時には、友也が意識を飛ばしてしまうくらい。
混まない道で行きたいねぇ、などと、すでに旅行に意識が飛んでいる友也を、俺は有無を言わさずに組み敷く。そうして、無理やりその唇を奪った。
「愛してる」
一瞬、びっくりした友也は、それから、仕方がなさそうに苦笑を浮かべ、俺の首筋に両手を乗せた。
右腕の、蛇でも這ったような大きな傷跡が、俺の目に飛び込んでくる。
これは、俺の宝物だ。友也の命を奪いかけ、そして助けてくれた、愛しい傷跡。
もう何度も口付けているそれに、また唇を寄せた。ぺろり、とそれを舐め上げると、くすぐったいのか感じすぎるのか、嫌がって腕を引くのだ。それも、俺の頭を道連れに。それに従って、友也の胸に顔をうずめる。
心臓の音が間近で聞こえる。何よりも大切な、友也。もう、愛し過ぎて。
「壊しそう」
「壊して。貴方の手で」
凄い殺し文句。それを、しかも、耳元で囁くから、効果絶大で。
俺は、誘われるままに、友也の身体に手を伸ばした。
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