13




「雅……」

「じゃ。俺はそろそろ寝るわ。おやすみ」

 雅の横を通り抜けるときに、何事かささやいて、窓を閉めて部屋に戻っていく。その宏春を見送って、俺を見、雅は苦笑した。今まで宏春がいたところに陣取る。

「宏春、何だって?」

「無理矢理押し倒しちまえ、だって。無理だよねえ、怪我してるし」

 くすくすと笑って、雅は空を見上げた。さっきまで海を眺めていた俺も、夜空を見上げる。月の光が強いかと思ったのに、意外と星が見えた。

「こっちは、天の川見えないんだな」

「月が出てるからね。四国は見える?」

「山の方ならね。高知市内に入るとさすがに見えないか」

 明るいからね、と少し淋しそうな声をする。俺なんて、天の川を見たことがないから、それでも雅が羨ましい。興味を持ったことがなかったから、見たことがないも何も夜の空を眺めたことが数えるくらいしかないのだけど。

「大学入ったらさ。日本中旅しよう」

「一緒に?」

「そう、一緒に。友也の行きたいところに行こう」

「そうだね」

 その頃も一緒にいられたら。口には出さないけど、やっぱり未来のことはわからなくて、不安だから期待できない。そう思っていたのがわかったのかどうか。雅が俺の肩を抱き寄せる。

「肩、痛い?」

「ううん。平気」

 痛くたってかまわない。幸せだから。好きな人がここにいるから。

「ねえ、友也」

「ん?」

「今更なんだけど……」

 言いかけて、黙ってしまった。続きは? なかなか出てこない。

「なあに?」

「……俺と、お付き合いしていただけませんか?」

 へ? 何だか物凄く場違いな台詞で、びっくりした。
 今現在の二人の位置関係って、これって恋人同士って言わないだろうか。思わず雅の顔を見つめる。暗がりでも、雅が顔を真っ赤にしているのがわかった。本当に、かなり今更な発言だ。ついさっきセックスしたばかりなのに。

「いや、だって、はっきり友也の返事聞いてないし。ほら、俺ってまだ、ふられたままでしょう?」

 あれ? そうだっけ。そういえば、雅が好きだって一言も言ってない気はする。寿士さんに再会してから、雅には甘えっぱなしで、すでに友人の域から出てたけど。

 やっぱり、改めて言った方がいいんだろう。この際、思いをはっきりさせたほうがお互いのためにもいい。思ってるだけじゃ伝わらない。態度と気持ちってやっぱり違うものだし、俺も雅の恋人になるんだって確認しておきたいし。

「俺、右手こんなだし、雅の足引っ張ると思うし、役立たないと思うし、すごい駄目人間なんだけど……」

「そんなことないよ。友也は俺なんかよりずっとすごい心強くて、立派で……」

 待った。そんなことないって、俺もまた否定したいけど、それより先に、続き言わせて。

「こんな俺でも本当にいいのなら、よろしくお願いします」

「あ……」

 呟いたまま、返事がない。あれ?と思う。こんな奴、やっぱりやめようかと思われてたら悲しいけど、俺の言葉さえぎってまで否定してくれたんだからそれはないだろうし。もしかして、感動しちゃってる?

「こちらこそ。よろしくお願いします。捨てられないように頑張るから」

「捨てたりなんてしないって。恋人でいられなくなっても友人ではい続けてもらうから、覚悟しててよね」

 絶対に手放さないから。そう言ったら、雅は望むところだと頷いた。そうして、肩の傷に響かないように、俺を抱き締めてくれる。
 俺がそっと目を閉じると、その唇にキスをしてくれた。優しくて、でも激しくて、いつのまに習得したのか、もうかなり慣れちゃってるはずの俺が腰砕けになりそうな、甘いキス。
 今日は肩の傷のせいで無理できなかったから仕方がないけど、この怪我が治ったら、寿士さんとの二年半で覚えたテク全部使って、雅が俺から離れられないようにつなぎとめてやろう。そう、固く心に誓った。




 ゴールデンウィーク明けの学校で。宏春の予言は見事に的中した。教室の前に人だかりができてしまったのである。聞こえてくるのは黄色い歓声と悲鳴。

 原因もまた、きっと宏春の言ったとおりだ。俺はブレザーも切られてしまって着られないから私服で、それもギプスが邪魔できちんと着てはいないから怪我がよくわかる。
 それに、雅は髪がさっぱりしてしまってカッコイイ美人になってしまったのだ。大騒ぎにもなろうというものである。

 まだしばらくは、みんな騒ぎ立てるかもしれない。この怪我の原因も、色々な根も葉もない噂が作り出されるだろう。でも、多分俺も雅も変わらないでいられる。それは、お互いが側にいて、すぐそばで宏春と哲夫がいちゃいちゃしていてくれるから。心から信頼する先輩たちが、見守っていてくれるから。

 俺ってやっぱり、幸せ者だ。学校に来て、仲の良い友人や先輩たちに囲まれて、守られてるって実感して、俺はしみじみとそう思うのだった。



おしまい





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