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 病院でもらったビニールの筒で右肩をおおって、四人一緒に大浴場に行き、わいわいとじゃれてしまった。というのも、右側が完全に不自由になってしまった俺を三人が手分けして洗ってくれたのはいいんだけど、三人同時に洗うものだからくすぐったくてしょうがなくて、暴れてしまったのだ。
 おかげで、その時大浴場にいた他の人たちが気味悪がって逃げ出してしまった。肩のギプスを見れば怪我をしていて自分で洗えないのだというのはわかるだろうけど、それは見えなかったのかもしれない。申し訳ないと思うのが半分、この大浴場を四人で独占している気分の良さが半分というところか。
 ばさっと流して先に湯ぶねにつっこまれる。この大浴場、窓の外に海が広がってて、景色がいい。腰までお湯に浸かって、俺はいい気持ちで外を眺めていた。後から身体を洗った三人が次々にやってくる。

 いつものように右側に来て肩まで湯に浸かった雅は、ふぅと気持ち良さそうに息を吐き出した。肩まではさすがに浸かれない俺は、湯ぶねのへりに手をついて足だけでも伸ばす。結構それだけで気持ちがいい。

「友也って、結構あっちこっち傷あるんだな」

 そう言って、雄大な景色をバックに哲夫が俺の身体を見つめる。そりゃまあ、剣道やってる身体だし、当然だ。どうやら身体を洗っているときに見つけたらしく、宏春と二人で俺の傷の場所チェックなど始めてしまう。まじまじと見つめないかぎり見つからない傷跡が、俺の身体にはたくさん付いていた。

 でも、そんな傷跡は言わば名誉の傷であり、俺の成長の証である。この右足首と右腕の大きな痕を除いては。右足首の、もう少しで腱を切るところだった十三針分の傷と、右腕に蛇がはったようなぐるりと長い傷。あの事故で付いた、あまり救いのない痕である。これのおかげであったいいことというと、同情を買ったことくらい。

 それに比べたら、今もしくしく痛んでいるこの右肩の傷は、自分の過去の汚点から友人を守った名誉の勲章のようなものだった。今は痛いけど、心には癒しを与えてくれる。大袈裟に言えば、人生の再出発をさせてくれた傷だった。

 どちらの傷も右に集中したなんて、皮肉だろうか、それとも神様の慈悲だろうか。

 右腕の古傷をなぞられて、俺は思わず手を引っ込めかけ、その動きに肩がじぃんときて、動きが止まる。俺の古傷をなぞった当の雅は、そんな俺の反応に楽しそうに笑った。ひどい奴だ。

「右腕、切り落とされなくて良かった」

 愛しそうにその傷を撫でる雅に、俺は困って笑った。この傷、俺にとっては嫌なものでしかないのに、それをまるで大事な宝物のように撫でるから。

「くすぐったいよ、雅」

 言ったら、手を離すどころかキスされてしまった。やっぱり傷跡に。その口づけに、癒される気がするのは何故なのだろう。雅の心が優しいから? あたたかいから?

「『太陽の女神』に氷を溶かされて、水になってるんじゃない?」

「お、宏春、うまいっ」

「それほどでも」

 あんまり熱々ぶりを発揮するもんだから、宏春はからかったつもりなのだろうけど。
 それって、もしかしたら答えなのかもしれない。俺の心の傷が氷だったなら。雅に溶かされて、ゆるくなって、やわらかくなって、水になっちゃった。それも、きーんと冷えた雪解け水じゃなくて、真夏のプールの暖かい水。気持ちいい。

「一生、側にいさせてね。俺は、友也の右の手だから」

 そんなベタな台詞に心動かされちゃうなんて、俺ってどうかしちゃったんだよな、やっぱり。水になっちゃったかな、本当に。





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