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 左から突き出されたナイフを叩き落として、そのまま剣を跳ねあげて顎を突き上げ、まず一人沈没。
 次に真っ正面の男の鳩尾に思いっきり突いて飛ばして二人目。
 左前方からきたナイフを避けつつ右側の男の首筋を打つ。何か、ごきっとすごい音がしたけど、骨が折れた感覚はなかったから無視して三人。
 そのうちに、最初にナイフを持ちだした男が起き上がる。彼は軽くいなしてあったから、驚くほどのことはない。

「友也っ! 後ろっ!!」

 雅の叫ぶ声と同時に、右の視界の端にきらっと光るものが見えた。反射的に左に足を出して避けつつ、左回りに回って背中にばしっと木刀を叩きつけた。
 こんなに早く寿士さんが起き上がるとは、ちょっと思わなかった。けど、びっくりしている暇はない。
 左右両方からナイフが飛び込んできた。ついでに身体も。
 右に踏み込みつつ、寿士さんの脇腹を蹴っ飛ばして、右の男の腰を叩き、身体がくの字になったところで曲がった背骨を狙って打つ。これで四人。
 ラストは死なない程度に後頭部を打って脳震盪を起こさせてやった。

 五人片付けたところで、動ける程度にしかしていないのは寿士さんだけである。一人は意識はあってもかなり苦しいらしくて呻いているし、他四人は幸せに気絶している。

「ねえ、寿士さん。か弱い子供をいじめて、そんなに楽しかった?」

 苦しそうに悔しそうに顔を持ち上げる寿士さんの前にしゃがんで、左肩に木刀を担いで、俺は言う。
 確かに自分がいじめられたんだけど、その気があったにしろなかったにしろ再起不能にまで陥ったのも事実だけど、そこまでやった寿士さんを俺は純粋に憎むことができなかった。彼の心がなんか悲しくて、怒る気になれない。だからといって、許す気にもとうていなれない。

「レイプされたからってね、親に嫌われるなんてことはそうないんだよ。被害者なんだから。社会的に抹殺されちゃうのは、そんなみっともない犯罪をやらかした加害者の方」

「…だが、実際お前は……」

「誰にも言わなかったのは、確かに恥ずかしいし、親に知られたくないって思ったからでもある。でも、俺が訴えたら、寿士さん、犯罪者になっちゃうじゃない。警察に捕まっちゃうじゃない。しかも、男の子にいたずらした変態だよ。社会復帰できないよ」

 そうなったら大変じゃない、と恩着せがましく言ってみせる。お前がこんなことでも何でも自由にできるのは、俺が訴えなかったからだと、こんなに小さな男の子に助けられたんだと思わせるため。
 俺が本心からただお優しい言葉をかけるわけがないのだ。優しい言葉で、ぐさぐさと傷つけてやりたかったから。言葉のナイフの威力を思い知らせてやりたかったからだ。
 俺の心に突き刺さったまま、抜けずに三年間も、しぶとく俺の心を傷つけ続けた寿士さんのナイフと、同じくらいの、それ以上のもので傷つけてやりたかった。

「……恩着せが失敗して残念だったな」

「ホント、残念。寿士さんさ、あの時使ったクリーム、あれ、催淫剤入ってたでしょ。世の中って、何がどう作用するかわからないものだよね。あの時ただ痛いだけだったら、どうやって脅かそうが宥めすかそうが、絶対訴えてたもん、俺」

 誰にとって良いほうに作用したのかは、あえて言わない。言う必要もない。すぐにわかるから。せっかく気を使ってあげたのに、と哀れみの目を向けてやったら、寿士さんは不機嫌なんだか悲しいんだか悔しいんだか、よくわからない表情に顔を歪めた。

「気がつかないどころか、事件のこと忘れてそんなことした奴に惚れた馬鹿なガキで二年も遊んでたんだよね、寿士さん。そんなこと、すればするほど、自分の罪が増えていくのに気づきもしないで。
 罰せられなければ罪じゃないの? 寿士さんの罪状、教えてあげようか。強姦罪、傷害罪、不純同性交遊、脅迫罪、誘拐罪、もう一つ脅迫罪。合計で、六犯、かな? どう考えても、今捕まったら実刑だね。
 しかも、退学勧告は必至だし、天下の東大生だもの、ニュースに出るかもしれない。前科持ちで有名になっちゃ、まともな職にも就けないしね。今、学歴社会だから、犯罪犯して大学中退するなんて、高卒よりよっぽど下に見られちゃうよ」

 この先どうやって生きていくんだろうね。そう言ってくすくすと笑ってやった。

「三年前俺が訴えてれば、強姦罪だけで、もしかしたら書類送検で済んでたかもしれないのに。そしたら大学だけでも卒業できたかもしれないのにね。天下の東大生が、もったいない」

 実際に犯した罪の意識よりも、刑務所に入れられること、前科持ちになること、学歴を得られないこと、良い就職先が見つけられないことの方に打ちのめされる人だから。
 こういう言い方はかなり効くはずだった。罪なんて、屁とも思っていない人に、精神論を説くことほど無駄なことはない。そんなことよりも、もうどうにもしようがない、手放してしまった別の生き方を、今の状況を避ける手段だったことを、ことさらに見せ付けてやったほうが効く。地獄の底まで勝手に落ちていってくれる。
 そして、最後に一言。

「警察の人、来てるから。寿士さんとの遊びはこれでおしまい。ごめんね」

 にっこり笑って、立ち上がる。足首をつかんできた手を木刀で払ってやった。それから、その手の甲に切っ先を押し当ててぐりぐりと押しつぶす。

「あ、そうそう。寿士さんって、知ってたっけ? 俺、もう二度とこの右手、使えなくなってるんだ。身体障害者にこんなにこてんぱんにやられちゃったんだね。みっともない」

 くすくすと笑ってやる。笑いだしたら止まらなくなった。やっと気持ちがすっきりしたから。
 そして、でも。笑いながら涙が出てくる。こんな馬鹿な男に、ずっと苦しめられていたのかと思うと、悲しくて悔しくて泣けてくる。
 笑いながら泣くという、かなり器用な芸当をして、俺は寿士さんと雅たちのちょうど真ん中あたりに一人で立ち尽くしていた。後から後からわいてくる涙が止められなくて。次から次と浮かぶ笑みが押さえられなくて。

 そんな俺を助けるように、守るように、誉めるように、勇気づけるように、三人の仲間たちが囲んでくる。俺はそんな三人に寄り添うように付き添われて、部屋を出ていった。





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