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 ぐしゃぐしゃと頭を撫でられたのを感じて、俺は顔をあげた。目の前に哲夫の形のいい尻が見える。ということは、立ってるわけだ。委員長の「着席」という声で、教室中の椅子ががたがたとなる。

 後ろからつんつんと突かれて、俺は左手を差しだした。メモを握らされる。前の席が哲夫で、後ろの席が宏春だ。こうして俺を挟むことで、自分たちの関係をうまく親友同士として誤魔化している。俺も、この二人には巨大な借りがあるので、利用されてやっていた。まあ、借りがなくても友人として利用されていただろうが。

 うちのクラスの担任教師は、地声からして妙にでかい。それを必要以上に張り上げるものだから、隣近所のクラスからも実は評判が悪かった。知らぬは本人ばかりなり。しかし、いい先生ではあるので、強くは意見できないらしく、いつまでも治らない。

 握らされたメモには、日ペンの美子ちゃんばりのきれいな字でこんなことが書かれていた。

『昨夜は何時まで起きてたんだ?』

 本当に心配してはくれていたらしい。それとも、先生が来ても起きなかったので心配になったのだろうか。どちらにしても、そんなに心配させる必要もないので、正直に三時と書いて、心配させてごめんと付け足した。

 事務連絡を終えたらしい先生が、一段と声を張り上げる。だから、うるさいって。ちゃんと聞こえてるよ。

「今日からこのクラスに合流することになった転入生を紹介する」

 転入生? 俺はホームルーム中だというのにもかかわらず、思わず宏春を振り返った。この学年のニュースで宏春が知らないというのはかなり珍しいことだった。本当に知らなかったらしく、宏春は首を傾げて返してくる。

 この時期に合流というのは、十分理解できる話だった。昨日まで、新入生はオリエンテーションを受けていて、今日から全校揃って最初の授業が始まるのだ。昨日までは、一年生に交じってオリエンテーションを受けていたのだろう。でも、だからこそ、噂にならなかったのが不思議だ。

 騒がしくなった教室内に担任が手を叩く音が響き、声が止む。その声が、転入生が姿を現したとたんに、しんと静まり返った。シャーペンの芯をここで落としたら、間違いなくクラス全員が振り返る。

「桂雅です。よろしくお願いします」

 言って軽く頭を下げた彼の肩から、長い髪が一房落ちてきた。俺はその美貌にびっくりして、口をふさぐことを忘れた。
 顔はきりっと男らしく、部分を取り出しただけでもきれいな作りをしているというのに、それをまた見事な間隔で配置している。誰から見ても否の打ち所がない、まるでモデルのような顔立ち。はっきり言って、一年の水野などめじゃない。前『太陽の女神』榊原先輩でどうにか比べられるほどの美しさだ。
 背はそう高いほうではないが、それがまた中性的な雰囲気を醸し出している。それは、昨日の帰り道ですれ違った、その人だった。声がまた、色っぽいテノールで、ジン、と腰に響く。

 まずいよ。そう呟いた宏春の声に、やっと我に返った。その通りだ。確かにまずい。こんな美人が、何事もなくこの高校で暮らしていくには、かなりの苦労が必要だ。
 この学校、少しでも可愛い、美人といわれる人にとっては、暮らし方一つで軽く地獄と化す高校なのである。誰か力のある人に保護されているか、もしくは自分自身がよほど強くないと、無事三年間生き残ることは不可能で、毎年何件かは強姦事件が起きる。見つかれば退学処分だが、見つからなければ強姦されたほうが泣き寝入りするしかないのだ。
 身を守るものがなくても無事でいられるのは、それこそ学校中のアイドル『太陽の女神』に選ばれた者だけで、それも三年に一人と決められている。条件もそれだけ厳しい。そういう学校なのだ。

「この列の一番後ろに一つ席を足した。桂の席はそこだ。高井」

「はい?」

 いつのまにか、転入生の紹介は終わっていたらしい。担任に呼ばれて、宏春がとぼけた返事をする。

「お前、前の席のよしみだ。学校の中を案内してやれ」

「はーい」

 宏春の返事に戸惑いを感じて、俺はまた宏春を振り返った。俺たちの横を彼が通り過ぎていく。宏春は眉を寄せて、困ったように俺を見返した。俺には肩をすくめるくらいしか術がなかった。





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