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 封筒の中に折り畳まれた便箋を見つけて取り出した。左手の指をうまく使って、三つ折りの薄い便箋を開く。旦那さんが右腕から髪の毛を引き取ってくれた。

『お宅の息子を預かっている。同封の髪の毛がその証拠だ。下記の指示に従え。
@五千万円用意しろ
A明日朝十時までに高平病院跡地に持って来い
B長峰友也という少年にそれを持たせろ
 息子は長峰友也と引き替えだ。恨むなら長峰友也の友人になどなったお前らの息子を恨むことだ』

 この筆跡。この言葉遣い。間違いない。犯人は、滝川寿士。あの人だ。もう関わりあいになりたくないから忘れてやろうと思っていたのに。そうは問屋が卸さないらしい。
 でも、今の俺はあの人の後をくっついて歩いていた気の弱い俺じゃない。どころか、復讐してやる機会を窺っていたのだ。

 もしかしなくても、チャンス、なんでないか?

「すみません。電話をお借りしてもよろしいでしょうか」

 携帯電話を持ってたら良かったんだけど、そんな文明の利器は持っていない。どうぞ、という返事をもらって、電話まで案内された俺は、まず家に電話をかけた。

「あ、お母さん? お父さん、出して」

 復讐する。決めたら、俺の行動は早い。母がはい、と返事をしたとたんにねじ込んだ。それで緊急事態だと察したらしい母は、足音を立てて離れていった。かわりに祖母が電話に出る。その祖母に、学校に欠席の電話をかけてくれるよう頼んで、それから、父に木刀を持たせるように頼む。次に出た父には、車を出してくれと頼んだ。

「何も聞かないで、車出して。事情は後で説明する。三木くん家の二軒手前の、桂さんっていう家にいるから」

 大通りを挟んでどうのこうのというよりも、この方がよっぽど早い。祖母に木刀の件を頼んでいたのも良かったのか、父はあっさり了解してくれた。

 電話を切って、今度は宏春の家。宏春は携帯電話を持っているから、そっちにかければ直通だけど、電話番号を覚えていないし手帳を引っ張りだすよりもおばさんに宏春を呼び出してもらったほうが数倍も早い。案の定おばさんが出たので宏春に代わってもらい、事情を説明すると、宏春からこんな答えが帰ってきた。

『ちょっとまってろ、テツに電話するから』

「電話って……」

『こっちには携帯がある。あ、テツ? 大至急、友也方面の曲がり角。事情は後』

「ちょっと、宏春……」

『高平病院ならうちの親がよく行ってたから、近道知ってると思う。道案内するよ。途中でテツと俺、拾って』

「って、学校は?」

『おバカっ。うわの空で授業受けろって言うの? いくら友也が強いったって、右手使えないんだからバックアップ必要だろ? 俺じゃ役に立たないから、テツを呼んだんだよ。くれぐれも置いていくなよ。置いてったら絶交だからな』

 何かガキっぽい台詞を吐いて、宏春は電話を切ってしまう。俺はこの状況にもかかわらず、思わず笑ってしまった。これだから、あのカップルって好きだ。

 何とか笑いを最小限に押さえて、旦那さんに向き直る。

「警察には連絡したんですか?」

「い、いや、誘拐では警察は呼ぶなっていうのが……」

「呼んでください。どこにも呼ぶななんて書いてませんよ。犯人に見つからないように、この病院囲んでくださいって。この病院は有名ですから、警察の方もわかりますよ。この誘拐、目的は俺であって、お金はあくまでも格好ですから、気にしなくていいです。すみません、息子さんを巻き込んでしまって。きっちり取り返してきますから、傍迷惑な犯人の逮捕の方、お願いします」

 深々と頭を下げて、いつのまにか玄関先に落としていたカバンを拾い、家を飛びだす。呼び止めた旦那さんを振り返って、俺はにっこりと笑ってみせた。

「大丈夫です。俺、これでも剣道二段持ってますから。素人には負けませんよ」

 丁度来た父の車に乗り込んで、俺は一度頭を下げる。そして、車は動きだした。





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