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 あれから、雅は俺を家まで送り迎えしてくれる。夕方は自分の家の前を素通りして送ってくれるし、朝はわざわざ渋滞する大通りを渡って迎えに来てくれるのだ。大丈夫だからと言ったのだが、雅自身が不安なのだそうで、こうやっていると安心できるからと言われた。それなら俺に断る理由はない。

 朝。いつものようにいつもの時間に家を出て、俺は首を傾げた。
 雅がいない。遅れてるのかな、と思って雅の家の方に歩いていくが、途中でも会わなかった。雅の家の前についてしまう。急かすのも悪いからと五分待ってみたが、雅が出てくるどころか、家の中に人がいる気配すら感じられない。

 七時五十分を回って不安になった俺は、桂家のインターホンに手を伸ばした。ピンポーンと間延びした音が聞こえる。返事がない。

 おかしいな、ともう一度インターホンに手を伸ばすと、唐突に玄関が開いた。雅ではなく、父親らしい人が出てくる。後から顔を出した奥さんが、どたどたと物凄い勢いで裸足のまま駆け下りてきて、俺の目の前まで来ていきなり右手を跳ね上げた。

 ベチッ。

 鳴ったのが自分の頬だと、俺は一瞬わからなかった。しばらくしてそこがひりひりしだして、平手打ちされたんだとわかった。痛い。

 何が起こったのかわからなくて、叩かれた左頬を押さえて呆然としてしまった俺に奥さんの叫び声が聞こえてくる。

「あんたねっ。あんたなんでしょうっ! うちの雅を返してちょうだいっ。返しなさいよ。雅を返してっ!!」

「こら、お前。落ち着きなさい。人違いかもしれないだろう。やめなさいって、こら」

 またも俺に手をあげようとする奥さんを羽交い締めにして、旦那さんが落ち着けようと声をかけている。俺には何が何だかさっぱりわからない。
 雅を返せということは、雅はここにいないのだろう。まさか、誘拐されたとでもいうのか。でも、昨日の夕方別れたばかりだし、歩いて三分のこの距離で?

「……あの。雅くんがどうかしたんですか?」

 落ち着いているように見える旦那さんも、どうやら気が動転しているらしく、一瞬反応が遅れた。それから、ああ、と頷く。

「君の名前を聞いてもいいかな?」

「長峰です。長峰友也。雅くんの同級生の」

「そうか。まったくの人違いではないな。こんなところではなんだ。ちょっと中に入りなさい。君に見せたいものがある」

 奥さんを抱き抱えるように玄関に入り、俺に手招きする。奥さんは泣き崩れて動けないらしい。俺も招かれるまま中に入り、玄関を閉めた。
 家の中に入っていった旦那さんが大きめのふんわり膨らんだ封筒を持って戻ってきた。それをそのまま差しだされて、俺は失礼かとは思ったが片手で受け取った。右肩のカバンの紐が落ちないように身体を左に傾けつつ右腕で封筒を押さえているという不自由さに、旦那さんが気がついて首を傾げた。

「君、その右手はどうしたんだい?」

 抱えた封筒を開けながら、動かないんです、と答え、俺は固まった。中に入っていたのは、黒い艶々してきれいな固い糸状の物体。しかも、どっさり入っている。
 どう見たって、これって……。

「……髪の毛? まさか、雅の?」

 君付けするのを忘れた。そんな余裕、ない。この長さ、間違いない。雅の家に送られているんだから、疑う余地はゼロだ。





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